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「小説家になろう」様にて細々と活動しております、SoLaのブログです。

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過去編リナリーssのページ

【世界最強の魔法使いが出来上がるまで】

 アメリカ合衆国の一角にある魔法使いの国、魔法世界エルトクリア。そこには、まさに天才と呼ぶに相応しい才能を持った少女が暮らしていた。魔法世界における唯一の教育機関・エルトクリア魔法学習院への入学を拒否し、頑なに生まれ育った孤児院に閉じこもっていた少女。しかし、その孤児院に1人の大魔法使いが訪ねてきたことで、少女の生活は一変する。後に世界最強と謳われ、その名を知らぬ者などいないほどの大魔法使いになる少女リナリー・エヴァンス。彼女の伝説は、まさにここから始まった。
 ※超不定期更新です。途中で更新が止まる可能性もあります。
 ※ルビが正常に機能していないのは仕様です。ご容赦ください。

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話

拍手[238回]

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リナリーss第8話

☆三行でまとまる、これまでのお話☆

リナリー「いっぱい契約できた。まんぞく」
担任教師「ほっほっほ」
契約科教師「祭りじゃあああ!」→絶賛継続中







 属性付加という技法がある。

 それは読んで字の如く、魔法に属性を付加するということだ。無属性魔法(何の属性も持たない魔法の総称)よりも難度の高い技だが、それ故に付与された属性に準ずる独自の強さを発揮する。一般的に、付与できると言われている属性は7つ。『火』『風』『雷』『土』『水』『光』『闇』である。他にもいくつか確認されてはいるが、それは魔法使いの中でもある特別な血族たちでしか扱えておらず、そのメカニズムは不明である。よって、ここでは先に挙げた上記7つについての説明だけに留めたい。

 下記に記すのが各々の特徴、そして強弱についてである。


【基本五大属性】

『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)
 攻撃系の魔法に特化する。
 回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。

『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)
 移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
 回復、回帰に適さない。

『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)
 操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。 
 防御、視覚、回帰、重力に適さない。

『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)
 防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
 移動、視覚、回帰、重力に適さない。

『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)
 回復系の魔法を得意とする。
 操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。


【特殊二大属性】

『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
 視覚系・回帰系の魔法を得意とする。
 闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)

『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
 重力系・捕縛系の魔法を得意とする。
 光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)


 もちろん、適さないと記されてはいるものの、絶対に扱えないというわけではない。

 例えば火属性で回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力が絶対に使えないとは言い切れない。
 但し、それはその属性の限りなく極みまで上り詰めた者でなければ実用はできないだろう。特に『火』の「特化」とは、そういう意味合いも込めて使用されている。全ての属性には、それぞれの長所・欠点があるというわけだ。







 リナリーと契約詠唱科8年の担任教師であるティチャード・ルーカスは、魔法具と契約してご満悦なリナリーを連れて契約詠唱科の塔にある実習室の1つを訪れていた。

「本格的な魔法発現の練習は明日からの授業に回すとして、じゃ。試し打ちはしてみたいじゃろ?」

「はい」

 そわそわとした雰囲気を隠そうともせずにリナリーが頷く。リナリーがここまで感情を表に表すのは珍しいことだったのだが、まだ付き合いの浅いルーカスはそれに気付かない。年相応の態度に深い皺の刻まれた頬を緩めながら、ルーカスは問う。

「呪文詠唱と契約詠唱を問わず、詠唱方式にはいくつかの種類がある。答えられるかの」

「はい。『完全詠唱』、『省略詠唱』、『直接詠唱』、そして『無詠唱』です」

「それぞれの方式の違いは?」

「『完全詠唱』とは詠唱文を全て唱え切る方式、『省略詠唱』は一部の詠唱文を省略する方式、『直接詠唱』は最後の一単語、魔法名のみを詠唱する方式、そして『無詠唱』は一切の詠唱をせずに魔法を発現する方式です」

「詠唱を省略することによって受けるメリットとデメリットは?」

「詠唱を省略することで、魔法を素早く発現することができます。しかし、詠唱文を省略すればするほど魔法の威力は弱くなります」

「満点じゃ」

 満足そうに頷くルーカスに、リナリーは会釈で返した。

「学習院に来るまでは呪文詠唱方式であったと聞いておるが……、エヴァンスはどの程度まで詠唱を省略できたのじゃ?」

「『完全詠唱』を除く、残り全ての詠唱方式での発現が可能です」

「……ん?」

 その答えにルーカスは眉を吊り上げた。

 それもそのはず。
 詠唱方式の難易度としては、詠唱文全てを唱え切る『完全詠唱』が一番易しく、以降詠唱文を省略すればするほど難易度が上がる。よって、詠唱文全てを省略する『無詠唱』が難しい。

 しかしリナリーは、難易度としては一番易しいはずの『完全詠唱』ができないと言った。
 つまり、それを意味するところとは。

「まさかお主、始動キーが無いのか?」

「その通りです」

 ケロリとそう答えるリナリーに、ルーカスは思わず目を見開いた。
 呪文詠唱方式における「始動キー」とは、詠唱者の体内に眠る魔力を循環・活性化させるためのものであり、これによって活性化した魔力を後に唱える「放出キー」によって魔法という形に変化・形成させる。

 この「始動キー」は個々人によって変わるため、オリジナルの詠唱文を構築する必要があるのだが、リナリーにはそれが無いという。つまりリナリーは、「始動キー」による支援を受けずに魔力を活性化させて魔法を発現していたことになる。

 熟練の魔法使いならばそれも可能だろう。しかし、まったく使用せずに新しい魔法を取得することは難しい。やはりどのような魔法であってもまずは『完全詠唱』で習得し、徐々に詠唱文を削って慣らしていくものだ。

 リナリーの持つ規格外の才能に思わず身体を震わせながらも、ルーカスは気を取り直して説明を再開する。

「ふむ。呪文詠唱方式では、『始動キー』と『放出キー』を組み合わせることで魔法を発現させることが一般的じゃ。前者で体内の魔力を活性化させ、後者でその魔力を魔法へと変化させるということじゃな」

 その説明にリナリーが頷く。

「対して契約詠唱方式で使われるキーは、『契約キー』と『発現キー』という。発現方式が異なる以上、2つのキーの役割も呪文詠唱方式とは異なる。『契約キー』で世界の理へと働きかけ発現する魔法の属性を決定、『発現キー』で魔力を供給、具体的にどの魔法を発現させるかを決定することになるのじゃ。詠唱を省略する難易度は……、契約詠唱の方が難しいじゃろうな」

 自分の説明にリナリーがしっかりついてきていることを確認し、ルーカスは手にしていた紙にさらさらと文字を書いていく。

「まあ、言葉で説明するよりも実際にやってみた方が理解も早いじゃろう。まずは『完全詠唱』から行こうかの」


【契約キー】
『獄炎に坐す怒りの王よ、我と古の契約を』(完全詠唱はここから)

【発現キー】
『万物を燃やす原初の火よ』(省略詠唱〈省略1段階〉はここから)
『司る精霊よ』(ここで発現する魔法の数を指定できる)

『飛翔、焔、敵を貫け』(省略詠唱〈省略2段階〉はここから)

『火の球』(直接詠唱はここから)


 ルーカスが詠唱方式の詳細をメモした紙をリナリーに渡す。

「そこに書いたのは火属性の魔法球『|火の球《ファイン》』の詠唱文じゃ」

「はい」

「では、やってみようかの」

「分かりました」

 ルーカスが離れたことを確認し、リナリーが精神を集中させる。
 この魔法実習室は、魔法などの攻撃を受けても破壊されないよう頑丈に、そして魔力に対する対抗力が特に高い素材が使用されている。だからこそ、まさに試し打ちにはもってこいの場所だった。

 まずは、詠唱文を全て唱え切る『完全詠唱』。

「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」

 契約キーを唱え、これから発現する魔法の属性を火属性だと決定する。

「『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』」

 次に発現キー。これで具体的に発現する魔法を決定する。

「『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』」

 リナリーが、誰もいない一点に向けて手のひらを掲げた。
 そして唱える、魔法名。

「『|火の球《ファイン》』」



 体内からずるりと魔力が抜けていく感覚。
 普段よりも魔力消費が激しいな、とリナリーは感じた。
 直後に、異変。



 これまで。
 リナリーは魔法を発現するに辺り、『完全詠唱』という方式を使ったことがなかった。なぜなら、呪文詠唱方式に従い魔法を発現していた時は、始動キーと呼ばれる詠唱文を用意していなかったからである。

 しかし、今回。
 リナリーは契約詠唱方式に手を出すことで、『完全詠唱』方式を使用することが可能となった。

 詠唱文を省略せず、唱え切れば魔法の威力は上がる。
 省略すればするほど、発現速度と引き換えに魔法の威力は下がる。

 常日頃から、本来の威力とは遠く及ばない発現方式で魔法の練習をしていたリナリー。
 そのリナリーが、今回初めて『完全詠唱』で魔法を発現した。

 その結果は。

「――――え」

 リナリーの右肩付近。
 さっきまで少し肌寒く感じていたはずの訓練場。
 にも拘わらず。

 熱として皮膚は感知せず、リナリーの脳を一番最初に貫いたのは痛みだった。

 視界がオレンジ色に染まる。
 さっきまで何も無かった空間に、突如として出現した莫大なるエネルギー。
 身体が傾き、そのエネルギー源へと目が行く。 



 まるで、

 太陽のような、

 灼熱の塊だった。



「――――っ!?」

 咄嗟に距離を空ける。
 条件反射。
 新しく習得した契約詠唱ではなく、慣れ親しんだ呪文詠唱で。

「『|激流の壁《バブリア》』!!」

 魔法名のみで魔法を発現する『直接詠唱』。
 本来ならば詠唱文を一切詠唱しない『無詠唱』で発現するそれを、リナリーは『直接詠唱』で発現することで枚数と威力の底上げを図った。

 30枚。

 水属性の障壁が、リナリーの制御から外れ暴走直前の状態となっている『|火の球《ファイン》』の周囲を囲うように展開される。その外側を更に覆うように、同じく水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』がルーカスから発現される。その数は20枚。

 直後に、爆発。

 リナリーとルーカスが発現した計50枚の障壁の中心部で、『|火の球《ファイン》』が原型を失い炸裂した。

 RankCの魔法球とRankBの障壁。
 そして、属性優劣の関係で火属性に強い水属性の障壁。

 本来ならば、個数が1対1であったとしても余裕で水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』が防ぎ切る。そう、本来ならば。

 しかし、炸裂したのはあのリナリーが『完全詠唱』で発現した『|火の球《ファイン》』である。

 凄まじい衝撃音と共に、内側から次々と障壁が砕け散る。リナリーとルーカスが『無詠唱』で障壁を更に展開していく。もともとあった障壁全てを吹き飛ばし、新たに発現された障壁数枚を破壊したところで、ようやく暴走状態にあった『|火の球《ファイン》』は効力を失い霧散した。

 演習室に静寂が戻る。

 居心地が悪そうに自らの様子を窺ってくるリナリーを余所に、ルーカスの胸中にあるのは驚愕、ただそれだけだった。

 リナリーが契約詠唱によって発現したのは、属性を付加させた魔法球の中では最低ランクの魔法だ。攻撃特化の火属性だったとはいえ、それを防ぐために発現したのは属性優位に立つ水属性の障壁魔法。それもRankCの魔法球相手にRankBの障壁魔法を発現した。最初は50枚も。

 それら全てを軽々と吹き飛ばし、追加の障壁を用意していなければ余波が演習室中に吹き荒れていたであろうことを考えると、ルーカスは驚愕を隠せない。

 属性付加させた最低ランクの魔法でこれである。

 確かに契約詠唱で魔法を発現するのは初めてだ。『完全詠唱』で魔法を発現するのも初めてだと言う。慣れていない作業なのだから、魔力が過剰に供給されることもあるかもしれない。しかし、今起こった現象は、ちょっとした手違いでは済まされない威力の魔法発現だった。手練れの魔法使いが全力で魔力を込めたって、同じ魔法で同じ現象は起こせないだろう。

 それを、編入初日の8年生の院生が実現したのだ。

「ほっほっほ」

 意図せずにして、笑い声が漏れた。
 ルーカスは笑う。
 自らの目の前で、肩身が狭そうにして立つ1人の少女を見て。

 天才だ。
 ルーカスがこれまで生きてきた中で、見たことも無いほどの才能を秘めている。

 だからこそ、ルーカスは思う。
 その力を持て余さぬよう、制御する術を身につけさせなければいけない、と。
 その力を向ける先を見誤らぬよう、正しく導いてやらなければいけない、と。

 上目遣いで見つめてくるリナリーの頭に手を乗せ、ルーカスは柔らかな声で言う。

「さて、落ち着いたら再開するかの。まずは『完全詠唱』で制御できねば話にならんぞい」

拍手[58回]

リナリーss第9話

☆三行でまとまる、これまでのお話☆

リナリー「火の球って初球のわりに強かったのね。見直したわ」
ルーカス「ほっほっほ」
契約科教師「祭りじゃあああ!」→絶賛継続中







「ふむ。解除していいぞい」

 ルーカスの指示に従い、リナリーは浮かべていた『|火の球《ファイン》』を霧散させた。目で評価を問うてくるリナリーに、ルーカスは大きく頷いた。

 暴走させた後にもう一度『完全詠唱』で発現させたところ、魔法は暴走することなく見事に制御されていた。たまたまできた、と言う可能性も考慮し続けて2回ほど『完全詠唱』で発現させたが、これも全て完璧。リナリーは『|火の球《ファイン》』を完璧に使いこなしていた。

(末恐ろしいまでの才能、じゃな)

 内心でルーカスは戦慄する。
 一度目はあくまで『完全詠唱』という初めての方式故に、魔力をどれだけつぎ込んでいいか分からなかったということなのだろう。その一度だけで感覚を掴んでしまうあたり、天才と表現する他無い。

「それでは、次は『完全詠唱』で発現する数を増やしてみようかの」

 これまでリナリーが発現してきたのは魔法球単体だった。魔法は、詠唱の段階で発現する魔法の威力と数を指定することができる。もっとも、リナリーは呪文詠唱方式ならばいくらでも発現していたわけだが。

 ルーカスが、先ほどリナリーに見せていたメモを再度取り出す。


【契約キー】
『獄炎に坐す怒りの王よ、我と古の契約を』(完全詠唱はここから)

【発現キー】
『万物を燃やす原初の火よ』(省略詠唱はここから)
『司る精霊よ』(ここで発現する魔法の数を指定できる)

『飛翔、焔、敵を貫け』

『火の球』(直接詠唱はここから)


「契約詠唱方式で数を指定する場合、詠唱文にある精霊という単語の前に、発現したい数を入れる。つまり2つの魔法球を発現したいのなら『司る2の精霊よ』となるわけじゃな」

「なるほど。やってみてもよろしいですか」

「うむ。まだ詠唱を破棄することは禁止する。『完全詠唱』で頼むぞい」

 頷いたリナリーが詠唱文を唱える。

「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』、『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る100の|精霊《せいれい》よ』」

「ん?」

「『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』、『|火の球《ファイン》』」

 魔法はリナリーの詠唱文に忠実に応えた。
 リナリーの頭上、そして背後に100発の『|火の球《ファイン》』が発現される。

 当然、驚いたのはルーカスだ。

「ちょ」

「へぇ、こうして数を指定するのですね。明快で分かりやすい。果たしてどのくらいの数を一度に発現できるかについては興味あるわね。……どうかされましたか」

 自らの周囲に浮かぶ『|火の球《ファイン》』の群れを見渡しながら満足そうに頷くリナリーは、咄嗟に障壁魔法を展開しようと身構えたまま硬直してしまっているルーカスにようやく気が付いた。

「先生?」

「……う、うむ。エヴァンスや。それらはしっかりと制御できておるのじゃな?」

「もちろんです。先ほどはみっともない姿をお見せしましたが、『完全詠唱』での魔法発現の感覚は掴めました。暴走の心配は無いと思われます」

「そ、そうか。ならいいんじゃが……」

 例えで口にした通り、ルーカスはてっきり2発の魔法球を同時発現すると思っていたのだ。確かに数を指定しなかったルーカスが悪い。しかし、契約詠唱方式で初めての数指定の練習で、いきなり100発も発現するとは考えもしないだろう。

 そもそも、例え『完全詠唱』したとして100発も一気に発現できる魔法使いが果たして何人この学習院にいるというのか。少なくとも院生の中にはいないだろう。いや、たった今、ルーカスの目の前にいることが判明したわけだが。

 指を鳴らして全ての『|火の球《ファイン》』を霧散させたリナリーは言う。

「私としては数の指定についても問題無いと思うのですが……、もっと数を増やしてみましょうか?」

 肯定したらいったい何百発の魔法球を発現するつもりだ。
 そんな言葉を必死に呑み込んで、ルーカスは首を横に振る。

「い、いや、それには及ばんぞい。うむ。次は詠唱文を徐々に破棄していくかの」

「分かりました」

 ルーカスの動揺を余所に、リナリーは淡々と頷いた。

「『省略詠唱』、『直接詠唱』、そして最後に『無詠唱』という順番でよろしいですか」

「うむ」

 本来、詠唱文を破棄して魔法を発現するには相当な修練が必要だ。契約キーを省略するだけでも年単位の修練を必要とする魔法使いだっているし、生涯にわたって修練したところで『無詠唱』で魔法を発現できない魔法使いだっている。発現する魔法の難易度によって異なるものではあるが、簡単に実現できる技術では無い。

 詠唱文を省略すればするほど、魔法の発現難度は上がる。しかし、リナリーは既に全てをここで実現する気でいる。しかも口調からして「順番にローテーションで回していきますね」程度のノリだ。

 ルーカスはそれを指摘しなかった。
 もはや「こいつなら普通に出来ちゃうんだろうな」くらいに思っている。

「『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』、『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』、『|火の球《ファイン》』」

 そして、リナリーは本当にさっくりと『省略詠唱』を成功させた。

 契約キーを省略した魔法の発現。詠唱文の一部を省略することで発現速度を上げる代わりに、発現難度が上がり威力が下がる高等技法。

「うむ、問題無いようじゃな」

 リナリーの頭上に浮かぶオレンジ色をした『|火の球《ファイン》』に、ルーカスがそう評価する。

「ありがとうございます。では、次に行きます」

 言葉通り、成功した感慨に浸ることもなく、リナリーは淡々と魔法を霧散させる。

「『|火の球《ファイン》』」

 そして『直接詠唱』を成功させた。

 対象となる魔法名のみを唱えることで発現させる高等技術。『省略詠唱』より発現速度が早いことの代償に、発現難度はより上がり威力はより下がる。

「……問題無いようじゃな」

「ありがとうございます」

 ルーカスの評価に軽く頭を下げたリナリーは、浮かんでいた『|火の球《ファイン》』を霧散させた。そして、その直後、同じ場所に新たな『|火の球《ファイン》』が生まれた。瞬き1つの間に起こった出来事である。

 ルーカスは数度目をぱちぱちとさせた後、草臥れた拍手を送った。

「そして『無詠唱』じゃな。うむ、何の問題も無いようじゃ」

「ありがとうございます」

 浮かんでいた『|火の球《ファイン》』がリナリーの手によって消える。

「『直接詠唱』と『無詠唱』を既に成功させているお主には、もはや必要無い説明とは思うが、一応話しておくぞい。メモを見ておくれ」

 リナリーに『|火の球《ファイン》』の契約詠唱文が書かれていたメモを見せる。

「『省略詠唱』についてじゃが、詠唱文を省略するにあたり、精霊までの文はあくまで数を指定する際にイメージしやすいようにするためじゃ。そのため、慣れてくるとその部分も省略し『飛翔、焔』という文から唱えることが多くなる。さらに慣れてくると魔法名のみで発現する『直接詠唱』に移る、というわけじゃな」

「精霊までの詠唱文を省略しても『省略詠唱』の威力は落ちないと?」

「うむ。これまの研究結果ではそうなっておるし、わし自身そう実感しておる」

「なるほど。……『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』、『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』、『|火の球《ファイン》』、……『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』、『|火の球《ファイン》』、……確かに、知覚できる範囲で威力が落ちているようには思えませんね」

「そ、そうか。ならよかったわい」

 何が良かったのか、もはやルーカスには分からなかった。ポンポン『|火の球《ファイン》』を発現しては消していくリナリーの才能に、もはや呆れるしかない。

 ただ、ひとまず今日リナリーに教えておこうと思っていたことについては、全て終わらせることができたと判断した。もっとも、今日は基本的に口頭での説明だけで『完全詠唱』を何度か試させて、少しでも感覚を掴んでもらえるといいな、くらいの考えだったわけだが。

 まさか今日で『無詠唱』まで辿り着かれるとは思わなかった。そもそも学習院卒業までの間に『無詠唱』を実現できない院生だっているくらいなのだから。

「これで今日教えることはおしまいかの。ようやったの、エヴァンス」

「色々と勉強になりました。ありがとうございます。魔法の新しい一面に触れられるというのは、実に胸躍るものですね。契約詠唱科を専攻して良かったと思っています」

「そうかそうか。それはなりよりじゃわい。魔法とは実に奥深いもの。今後とも精進するようにの」

「はい。それと、今日契約させて頂いた魔法を発現してみたいのですが、よろしいでしょうか」

 時計を確認しつつ、ルーカスは悩む。
 そろそろ日も暮れるし、リナリーは結構な魔力を使ったはずだ。なにせ途中で100発の魔法球を発現したくらいだ。発現した時点で魔力は消費しているので、射出せずに霧散させたところで消費した魔力は返ってこない。それに、契約詠唱方式は呪文詠唱方式よりも魔力消費が激しい。初めての方式でもあったわけだし、魔力消費もそうだが気疲れもしているのでは、とルーカスは思ったのだが……。

 横目でちらりと窺ってみても、リナリーに疲弊した様子は無い。

 そういえば編入試験の実技では計測ミスかと思われるような数値が並んでいたな、なんてことを思い出しながら、ルーカスは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「構わぬよ。存分に試すが良い」

 新しい魔法と契約したのなら、試してみたいと思うのは当たり前の感情だ。リナリーの魔法に対する渇望は、ルーカスにとっても実に好ましいものだった。それに、自分の目が届かない場所でこっそり試されて魔法が暴走してしまえば目も当てられない。

 ここで発現に慣れてくれるのなら、それに越したことは無いだろう。
 ルーカスはそう思った。

 花が綻ぶような笑みを浮かべてお礼を口にし、自分から距離を空けて早速魔法を試し始めるリナリーを、ルーカスは穏やかな笑みを浮かべたまま見続けた。



 そして。
 この日のうちにリナリーは、魔法具と契約した計18の魔法その全てを完全に習得した。

拍手[93回]

???

先日は私の気まぐれで行ったアンケートにご協力頂き、ありがとうございました。魔法世界エルトクリアが大好きな皆様へ、わたくしめからのちょっとした気持ちです。

 次章『修学旅行編(仮)』のさわりの一場面をちょこっとだけ先行公開させて頂きます。
 但し、読むにあたり、恐れ入りますが注意事項を。

1.推敲などまったくしていないので誤字脱字がたくさんあるかもしれない。
2.あくまで(仮)のため、実際に公開された時は内容が変わっているかもしれない。
3.あくまで(仮)のため、実際に公開された時は章自体のテーマが変わってるかもしれない。
4.本編再開の目処がはっきりしていないので、本公開されるのが半年後とかもあり得るかもしれない。

 以上の注意事項を踏まえた上で、「(仮)でもいいし公開されるのが1000年後だって構わない次章がどんな感じに進んでいくのかとにかく知りたいんだこのやろうさっさと読ませてくれい!」と思ってくださる方は、先へお進みください。

 なお、このページがブログ《更新情報》に出ていないのと、本文でルビが正常に機能していないは仕様です。ご了承ください。















































































































『テレポーター』 第9章 修学旅行編〈上〉 第?話 依頼 (仮)







「護衛の依頼だ。君の師匠には既に話をつけてあるが、もちろん拒否してもらっても構わない」

 窓から差し込む夕陽を背に、重厚なデスクに坐すのは日本五大名家が一、花園家現当主の|花園《はなぞの》|剛《ごう》。身分的に天と地ほども差のあるその人は、自らの書斎に俺を招き入れるなりそう言った。

 護衛。
 どう考えてみても、俺の実力に見合った仕事とは思えない。

 苦い記憶が蘇る。
 この学園にやってきて、早々に巻き込まれた可憐の誘拐騒動の記憶だ。

 確かに、あの時に比べれば俺は格段に強くなっただろう。これは断言できる。色々な経験を積んできたし、危ない橋だっていくつか渡っている。同じような事件が起きれば、あの時のようにはならないのは間違いない。

 しかし……。 

「まあ、まずは話を聞いてもらいたい。先にこちらを伝えておくべきか」

 俺の否定的な雰囲気を敢えて無視しているのか、剛さんは手元の資料を数枚捲りながら続ける。

「|青藍《せいらん》魔法学園2年生の修学旅行先が決定した。魔法世界だ」

 ……。

「は?」

 内容を理解するのに数秒を要してしまった。思わず間の抜けた声が漏れた俺を見て、剛さんが苦笑する。

「君の考えは理解できるぞ、|聖夜《せいや》君。正直、先方が良く許可したものだと俺も感心してしまったよ」

「しかし、本当に許可が下りたようだ」と剛さんは言った。

「……魔法世界側に打診している状態だったから、修学旅行先が未定のままだったのですね」

 出発まであと一週間しかない。もともと行き先は海外のどこかとだけ使えられていたため、皆パスポートだけは準備していた。ただ、それ以上の情報が一向に入ってこなかったため、何か問題でも生じているのかと心配していたほどだ。

「そんなところだ。|姫百合《ひめゆり》の方がうまくやったらしいがな。週明けの明日にでもこの情報は学園生に公開されるだろう」

「なるほど」

 剛さんの言う護衛の依頼。
 つまり、魔法世界での修学旅行中に|舞《まい》を守れということだろう。

 俺の中で結論が出る。
 この依頼は受けるべきではない。

 確かに俺は強くなった。
 あの時よりも格段に。

 身体強化魔法や全身強化魔法といった強化系魔法だけではなく、魔力そのものを武器として扱う“|不可視《インビジブル》シリーズ”に『独自詠唱』によって俺では実現不可能な魔法発現を可能とする|MC《ウリウム》、そして奥の手である無系統魔法。しかし、これだけの手札を用意したって勝てない相手はいる。

 俺に圧倒的に不足しているもの。それは経験だ。
 魔法は扱う人間の技量によっていくらでも応用が利く。

 しかも、今回の依頼は前回と明確に違うところがある。
 学園の庇護下に無い。更に言うなら、日本国外での任務だということだ。

 当然、この学園のような結界は無い。魔法世界にも防護結界はあるが、「関係者以外立ち入り禁止」にできるこの学園ほど出入りする人間を制限できるわけではないし、実際にあの犯罪集団『ユグドラシル』の面々が中にいたことも事実。

 舞はこの国の最高戦力『|五光《ごこう》』の血を継ぐ、正当な後継者だ。それも次期当主候補序列1位。本来なら俺のような人間が気安く話しかけられるような存在ではないのだ。国外をまともな護衛無しでうろつこうものなら、路地裏どころか白昼堂々大通りで誘拐騒ぎに発展してもおかしくはない。

 自分の命1つ懸けることすら危うい立場にいる俺が、他人の命を預かれるはずがない。

「既に想像はついているだろうが、依頼について説明しよう。君には修学旅行中の護衛を頼みたい。但し、護衛対象者は舞だけではない」

 ……なんだって?

 俺が聞き返すより早く、書斎の扉がノックされた。
 やって来たメイドは丁寧に一礼した後に、剛さんへこう告げる。

「|姫百合《ひめゆり》|美麗《みれい》様がお出でになりました」

 ……。
 護衛?
 対象は舞だけではない?

 無理に決まってんだろ。

 そんな俺の心情を余所に、メイドが扉の前から一歩引いた。

 扉の外で待っているであろう客人を中へと促すわけでもなく、道を譲るようなわけでもない。
 単純にただ一歩、扉から遠ざかるためだけに動いたような。
 その仕草に僅かながらの違和感を覚える。

 瞬間。

 開かれた扉の外。
 死角となっていた場所から、突如としてこちらへと突っ込んでくる影を捉えた。

 ――――"|神の書き換え作業術《リライト》"、発現。

 突き込まれた手刀が俺の残像を容赦なく貫くのを眺めながら、乱入者の脚を払う。この女、しっかりと身体強化魔法まで使ってやがる。無防備なまま喰らっていれば俺の喉に風穴が空いているところだぞ。

 座標の書き換え先は、先ほどまで俺が立っていた位置からほとんど変わっていない。
 すぐ隣だ。

 高速での移動中に掛けられた足払いは予想外の反撃だったのだろう。女の顔に驚愕の色が張り付いている。バランスを崩した上半身が前のめりに倒れ込み――。

 歪む、女の口角。

 振り上げられた女の右脚を一歩後退することで回避する。女はそのまま両手を床につけ、両足を広げて独楽のように回転し出した。おかげでスカートの中の純白が全開である。

 少しは羞恥心を持て。
 こちらを傍観するだけの剛さんも苦笑いだ。

 遠心力が弱まり脚を床につけようとするタイミングを狙って、威力を絞った"|不可視の弾丸《インビジブル・バレット》"を撃ち込んだ。思いの外可愛らしい悲鳴と共に、女の身体が転倒する。

 女が身体を起こすよりも、俺の人差し指が女の額を小突く方が早かった。

「そこまでだ」

 俺の一言に女の身体が硬直する。女の頭から|カチューシャ《、、、、、、》がずれ落ちた。

「まだやるって言うなら相手になってやらんでもないが、場所は変えたい。ここが『五光』が一、花園家現当主の書斎だと分かった上での行動なんだろうな?」

 問答無用で場所を変えさせても良いが、肝心の剛さんがあの調子だと暗殺者の類では無さそうだ。となると、先ほど名の挙がっていたあの人の差し金だろう。

「これは何の真似ですか、美麗さん」

「あらあら、全部お見通しということなのかしら」

 視線の先、ゆっくりと剛さんの書斎に姿を見せたのは|姫百合《ひめゆり》|美麗《みれい》。日本五大名家『五光』に名を連ね、世界から『氷の女王』として絶賛される大魔法使いだ。

 少しも悪びれた様子を見せない美麗さんは、微笑みを携えたまま転がったメイドへと視線を向けた。

「随分と鮮やかに仕留められてしまいましたね。|理緒《りお》さん」

「申し訳ありません。正直、ここまで鮮やかに無力化されるのは予想外でした」

 素早い身のこなしで立ち上がったメイドが言う。そして正面から俺と向き合った。

「|大橋《おおはし》|理緒《りお》と申します。突然の無礼をお許しください」

 メイドが一礼する。

 ん?
 この人、どこかで……。





《つづく……、きっと》

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リナリーss第7話

〈ひとこと〉
 誤字報告をして下さった方、拍手やコメントを下さった方、感謝です!!



☆三行でまとまる、これまでのお話☆

リナリー「ひとまず5番げっと」
契約科教師「祭りじゃあああ!」ウォォォォォ!!
アメリア「クーリングオフ! クーリングオフ!」







 契約詠唱科の院生がお祭り騒ぎに興じている頃、リナリーは教師と共にとある教室を訪れていた。厳重なセキュリティによって保護されていた室内は、壁一面が棚のようになっており、数々の魔法具が綺麗に並べられている。

「これらが契約に使用する魔法具ですか」

「その通りじゃ」

 リナリーの言葉に高齢の教師は頷いた。

「さて」

 興味深そうに魔法具を見て回るリナリーに、教師は改めて口を開く。

「お祭り騒ぎになっていたせいで授業にならんかったからな。そもそもの話から入るが……。エヴァンスや、呪文詠唱と契約詠唱の違いについては理解しておるかの」

「現代式呪文詠唱と古代式契約詠唱とでは、そもそも魔法発現のプロセスがまったく異なります。呪文詠唱は、呪文を詠唱することによって体内の魔力を活性化させて魔法を発現させます。対して契約詠唱は、契約文を詠唱することで世界の理に働きかけ、事象改変を促すものです」

 教師はリナリーに続けるように促す。

「例えば、火を起こすには本来火種が必要です。呪文詠唱は自らの魔力を用いて火そのものを生み出します。契約詠唱は、その詠唱により火が本来起こるべき事象へと改変させ、改変前と改変後の矛盾点の帳尻を合わせるために詠唱者の魔力を使うことになります。つまり、契約詠唱の場合、自らの魔力が直接魔法に変わるわけではありません。事象改変の手助けをしている、と表現することが的確かと思います」

 リナリーは整頓された魔法具へ視線を移しながら続ける。

「契約詠唱のメリットは、魔法センスが無くても魔力容量さえあれば最低限の魔法は発現できることです。契約文を唱えれば、後は勝手に魔力が吸い出されるわけですから。もっともセンスがあった方が効率的に魔法発現できるでしょう。デメリットとしては、最低でも2つの魔法具と契約を交わさなければならないことでしょうか。対して呪文詠唱は、魔法具と契約せずとも魔法は発現できるというメリットがあるものの、デメリットとしてそれは魔法使いのセンスに左右されてしまう、というところですね。あぁ、あと呪文詠唱と契約詠唱では、同じ魔法を発現しても契約詠唱の方が魔力消費が多いと聞いたことがあります」

「うむ。満点じゃな」

 白髭を撫でながら、教師はにこりと笑った。

「契約詠唱は古代式、呪文詠唱は現代式と現在では呼ばれておる。契約詠唱が世に普及しなかった理由は3つ。1つ、実戦として使えるだけの魔法具を揃えるのに、莫大な労力と資金が必要であること。2つ、契約詠唱には呪文詠唱以上の魔力が必要であること。3つ、契約した魔法具が破壊された場合、対象となる魔法が使えなくなること」

 そこまで説明したところで教師から笑みが消える。
 真剣な面持ちで教師は尋ねた。

「エヴァンス。お主の魔法センスについてはわしも聞いておる。契約詠唱を選択するだけのメリットをお主が受けられるようには思えん。むしろ足枷となるじゃろう」

 入手困難な魔法具が揃っている、もしくは揃えるだけの資金がある。
 魔法センスは無いが、魔力はある。
 そもそも呪文詠唱では体内の魔力が呼応しない。
 などなど。

 契約詠唱に手を出す魔法使いは多くは無いがいることはいる。しかし、その誰もが何かしらの理由を持っているものだ。しかし、リナリーにはそういった理由がない。

 孤児院育ちで資金は無い。援助してくれる親もいない。
 魔法センスはずば抜けている。既に編入初日で学習院の五本指に入った。
 呪文詠唱者としては破格の才を持っていると言っても過言ではない。  

 契約する魔法具は学習院保管であるため破壊される可能性は低いだろう、というところくらいか。もっとも、それがリナリーだけのメリットになるというわけでもない。

「それでも契約詠唱科ということでよいのかの?」

「はい。私の知的好奇心が満たせる。それ以上のメリットはありません」

 即答だった。
 一瞬きょとんとした表情を見せた教師だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「よう言うた。では、順に契約して貰おうかの」

「よろしくお願いします」

 リナリーは優雅に一礼した。







 部屋にあった木造りの机に案内されたリナリーは、言われるがままにそこに腰かける。
 その机に教師が1つの魔法具を持ってきた。

 大きく空いた口。
 漂う異質な魔力と錆びた鉄の臭い。
 古めかしくも綺麗に磨き上げられた金の胴。
 大袈裟なまでの装飾。
 左右対称に取り付けられた大きな取っ手。

「聖杯じゃ。『アギルメスタの聖杯』という。込められた属性は『火』」

 契約詠唱に用いる魔法具は2種類。
 聖杯と巻物である。

 聖杯と契約を交わすことで、対象となる属性魔法が契約詠唱で使用可能となる。但し、使用可能と言ってもあくまで許可が出るだけで、魔法が使えるようになるわけではない。

 聖杯に契約した後は、今度は巻物と契約する。それは『魔法球』であったり『障壁魔法』であったり『治癒魔法』であったりと様々だ。1つ巻物に記されている魔法は1種類。異なる魔法を使いたければそれぞれの巻物と契約する必要があるということだ。

 そして、聖杯と巻物は属性ごとにそれぞれ魔法具も異なる。つまり、『水』の巻物と契約したところで『火』の聖杯としか契約できていなければ『水』の巻物に記された魔法は発現できないということだ。

「これからお主には基本五大属性である『火』、『風』、『雷』、『土』、そして『水』の魔法具と契約してもらう。特殊二大属性の聖杯もあるにはあるが、契約詠唱初心者にはまずこの5つを使いこなすところから始めておる。よろしいかな」

「もちろん、異論はありません」

 今日一日でリナリーはさんざん持て囃された。

 特例で院生には契約させていない魔法具もさせるべきだ、と主張した教師もいた。しかし、その中でもリナリーの正面に立つこの高齢の教師のみはリナリーを特別扱いしなかった。担任だったからという理由だけでは無い。自分を平等に扱ってくれそうな教師だったからこそ、リナリーはこの場にこの教師を連れてきたのだ。

 特別扱いされた院生が強くなるのは当然だ。
 だからこそ、リナリーは特別扱いされない状態で頂点を目指す。

「良い返事じゃ」

 高齢の教師は朗らかに笑ってから、聖杯の隣に銀のナイフを置いた。

「魔法具との契約には血を使う。血を聖杯に捧げるのじゃ。一滴で構わんから、深く切る必要はないぞい。親指の腹をちょっと切るだけでいいじゃろう。そして詠唱を捧げる。属性ごとに変わるが、火属性、アギルメスタの聖杯はこうじゃ。『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」

「……そういえば、契約詠唱の詠唱キーは日本語でしたか」

「そうじゃな。エヴァンスや、日本語は?」

 詠唱文を聞いたリナリーはそう口にした。これまで完全無欠な存在感を示していたが故にうっかりしていた、という表情で教師が聞いたが案の定杞憂に終わる。

「契約詠唱科を専攻しようと考えた日から勉強していました。問題はありません」

「そうか。では、やってみようかの」

「分かりました」

 頷いたリナリーがナイフを右手に持ち、左手の親指へと添える。プツッという小さな音と共に、赤い血の球が膨らんだ。それを聖杯の上から垂らす。

 そして。

「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ。|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」

 どくん、と。
 リナリーは、自らの心音が一度だけ大きく聞こえた気がした。

「血が乾いてしまう前にどんどん行こうかの」

 教師がアギルメスタの聖杯を片付け、次の聖杯を用意する。

「聖杯に唱える詠唱は、契約詠唱における『契約キー』と言うてな。これから契約詠唱を使う上でずっと詠唱していくものじゃ。しっかりと憶えておくのじゃぞ」

「分かりました」

 無論、リナリーは既に暗記している。
 興味を持ったことには妥協しないのがリナリーのスタンスだ。

 こうして、リナリーは基本五大属性と呼ばれる5つの聖杯との契約を終えた。
 以下が今日リナリーが契約した聖杯の種類とそれの『契約キー』である。


【火属性】アギルメスタの聖杯
『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』

【風属性】ウェスペルピナーの聖杯
『|蒼空《そうくう》に|坐《ざ》す|恵《めぐ》みの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』

【雷属性】グランダールの聖杯
『|積乱《せきらん》に|坐《ざ》す|轟《とどろ》きの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』

【土属性】ガングラーダの聖杯
『|地底《ちてい》に|坐《ざ》す|祈《いの》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』

【水属性】ウリウムの聖杯
『|大海《たいかい》に|坐《ざ》す|癒《いや》しの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』


 5つの聖杯との契約を終えたリナリーは、そのまま椅子に座っていた。教師が聖杯を全て片付け、2本の巻物を持ってくる。

「特に何かが変わった感じはしませんね」

 自らの手のひらを見つめながらリナリーはそんなことを言った。教師が笑う。

「ほっほっほ。それはそうじゃろう。身体の造りが変わったわけでもあるまいし。エヴァンスや。これでお主は基本五大属性の契約詠唱を行う権利を得たわけじゃ」

 そう言って教師が机の上に2本の巻物を並べた。全て赤色で中央を紐で縛られている。

「今度は巻物との契約じゃな。今持ってきたのは学習院で契約詠唱初心者に貸し出す、火属性の巻物じゃ」

 そのうちの1つをリナリーが手に取る。年季の入ったそれはひどく汚れていたが、辛うじて文字は読むことができた。

「『火属性(魔法球):「火の球」』」

「そうじゃな。その巻物には火属性を付加した魔法球『|火の球《ファイン》』の魔法が記されておる。そして……」

 教師が別の巻物を手に取り、そこに書かれている文字をリナリーに見せる。

「これがその魔法球よりワンランク上の魔法球、『|業火の弾丸《ギャルンライト》』が記されている巻物じゃ。つまり、同じ属性でいくつも種類がある魔法球も、『魔法球』という1つの括りでは扱ってくれないということじゃな」

 同じ属性の魔法球でも、球、弾丸、砲弾と段々威力が上がっていく。他に貫通性能を付加させた貫通弾や、射出した後も操作できる誘導弾などもある。それら全てが使いたければそれぞれの巻物と契約を交わさなければいけないということだ。

「なるほど」

 リナリーは頷く。
 契約詠唱が実戦向きではないというのはこういうところからだ。一人前の契約詠唱者となるには、いったいどれほどの巻物を用意しなければいけないというのか。

「さて。それでは巻物と契約をしていこうかの。今度は詠唱の必要は無いぞい。巻物の中にあるサークルに血を垂らすだけでいい」

 言われた通りに紐を解き、巻物を開くリナリー。
 中にはこう書かれていた。

『万物を燃やす原初の火よ』
『司る精霊よ』

『飛翔、焔、敵を貫け』
『火の球』

「そこに書かれているのが『発現キー』と呼ばれるものじゃ」

 契約詠唱は『契約キー』と『発現キー』によって成り立つ。『契約キー』を唱えることでどの属性を扱うのかを、そして『発現キー』を唱えることでどの魔法を使うのかを決める。

 つまり、リナリーが今手にしている『|火の球《ファイン》』を発現したければ、

『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』

『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』
『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』

『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』
『|火の球《ファイン》』

 と唱える必要があるということだ。
 もっとも、上級者になると詠唱の一部を破棄したり、全ての詠唱を省略したりと、詠唱する量を調節することも可能だ。

 発現キーの隣には、教師の言っていたサークルが書かれた場所がある。そこは既に数えきれないほどの血の跡がついていた。魔法具は1つにつき契約は1回というわけではないということだ。

 血を垂らして契約を終えたリナリーから巻物を受け取った教師は言う。

「さあ、何せ数があるからの。どんどん行こうかの」

 言われるがままに学習院側から初心者に提供される巻物に契約をしていくリナリー。途中、何度か親指を切り直し、何とか全ての契約を終える。

 以下が今日リナリーが契約した巻物の数々である。


【火属性】
魔法球:『|火の球《ファイン》』RankC
魔法球(強化):『|業火の弾丸《ギャルンライト》』RankB
魔法球(貫通強化):『|業火の貫通弾《グリルアーツ》』RankB

【風属性】
魔法球:『|風の球《ウェンテ》』RankC
捕縛:『|風の蔦《ウェンテ》』RankC
身体強化:『|風の身体強化《ウェンテ》』RankB

【雷属性】
魔法球:『|雷の球《ボルティ》』RankC
捕縛:『|雷の蔦《ボルティ》』RankC
身体強化:『|雷の身体強化《ボルティ》』RankB

【土属性】
魔法球:『|土の球《サンディ》』RankC
障壁:『|土の壁《サンディ》』RankC
障壁(強化):『|堅牢の壁《グリルゴリグル》』RankB

【水属性】
魔法球:『|水の球《ウォルタ》』RankC
治癒:『|水の輪《ウォルタ》』RankC
治癒(強化):『|激流の輪《ヒーラ》』RankB


 魔法にはそれぞれランクがある。
 下はRankEから、D、C、B、A、Sと上がり、一番上にMとなる。

「想像以上の数と種類でした」

「そうかの? これでも全体の数で言うとお話にならん数じゃ。5属性で15本と聞けばそれなりの数かもしれんがのぉ」

「いえ、学習院側からは最低限のものしか提供してもらえないと聞いていましたので」

「実践で使うとなると手数が少ないと思うが?」

「これだけあれば十分です」

「ふむ。まあ、魔法も使い方次第じゃからな」

 リナリーの言葉に頷きながら、教師は丁寧に巻物の紐を縛り直した。

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