リナリーss第8話
テレポーター
☆三行でまとまる、これまでのお話☆
リナリー「いっぱい契約できた。まんぞく」
担任教師「ほっほっほ」
契約科教師「祭りじゃあああ!」→絶賛継続中
※
属性付加という技法がある。
それは読んで字の如く、魔法に属性を付加するということだ。無属性魔法(何の属性も持たない魔法の総称)よりも難度の高い技だが、それ故に付与された属性に準ずる独自の強さを発揮する。一般的に、付与できると言われている属性は7つ。『火』『風』『雷』『土』『水』『光』『闇』である。他にもいくつか確認されてはいるが、それは魔法使いの中でもある特別な血族たちでしか扱えておらず、そのメカニズムは不明である。よって、ここでは先に挙げた上記7つについての説明だけに留めたい。
下記に記すのが各々の特徴、そして強弱についてである。
【基本五大属性】
『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)
攻撃系の魔法に特化する。
回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。
『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)
移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
回復、回帰に適さない。
『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)
操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。
防御、視覚、回帰、重力に適さない。
『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)
防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)
回復系の魔法を得意とする。
操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。
【特殊二大属性】
『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
視覚系・回帰系の魔法を得意とする。
闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
重力系・捕縛系の魔法を得意とする。
光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
もちろん、適さないと記されてはいるものの、絶対に扱えないというわけではない。
例えば火属性で回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力が絶対に使えないとは言い切れない。
但し、それはその属性の限りなく極みまで上り詰めた者でなければ実用はできないだろう。特に『火』の「特化」とは、そういう意味合いも込めて使用されている。全ての属性には、それぞれの長所・欠点があるというわけだ。
※
リナリーと契約詠唱科8年の担任教師であるティチャード・ルーカスは、魔法具と契約してご満悦なリナリーを連れて契約詠唱科の塔にある実習室の1つを訪れていた。
「本格的な魔法発現の練習は明日からの授業に回すとして、じゃ。試し打ちはしてみたいじゃろ?」
「はい」
そわそわとした雰囲気を隠そうともせずにリナリーが頷く。リナリーがここまで感情を表に表すのは珍しいことだったのだが、まだ付き合いの浅いルーカスはそれに気付かない。年相応の態度に深い皺の刻まれた頬を緩めながら、ルーカスは問う。
「呪文詠唱と契約詠唱を問わず、詠唱方式にはいくつかの種類がある。答えられるかの」
「はい。『完全詠唱』、『省略詠唱』、『直接詠唱』、そして『無詠唱』です」
「それぞれの方式の違いは?」
「『完全詠唱』とは詠唱文を全て唱え切る方式、『省略詠唱』は一部の詠唱文を省略する方式、『直接詠唱』は最後の一単語、魔法名のみを詠唱する方式、そして『無詠唱』は一切の詠唱をせずに魔法を発現する方式です」
「詠唱を省略することによって受けるメリットとデメリットは?」
「詠唱を省略することで、魔法を素早く発現することができます。しかし、詠唱文を省略すればするほど魔法の威力は弱くなります」
「満点じゃ」
満足そうに頷くルーカスに、リナリーは会釈で返した。
「学習院に来るまでは呪文詠唱方式であったと聞いておるが……、エヴァンスはどの程度まで詠唱を省略できたのじゃ?」
「『完全詠唱』を除く、残り全ての詠唱方式での発現が可能です」
「……ん?」
その答えにルーカスは眉を吊り上げた。
それもそのはず。
詠唱方式の難易度としては、詠唱文全てを唱え切る『完全詠唱』が一番易しく、以降詠唱文を省略すればするほど難易度が上がる。よって、詠唱文全てを省略する『無詠唱』が難しい。
しかしリナリーは、難易度としては一番易しいはずの『完全詠唱』ができないと言った。
つまり、それを意味するところとは。
「まさかお主、始動キーが無いのか?」
「その通りです」
ケロリとそう答えるリナリーに、ルーカスは思わず目を見開いた。
呪文詠唱方式における「始動キー」とは、詠唱者の体内に眠る魔力を循環・活性化させるためのものであり、これによって活性化した魔力を後に唱える「放出キー」によって魔法という形に変化・形成させる。
この「始動キー」は個々人によって変わるため、オリジナルの詠唱文を構築する必要があるのだが、リナリーにはそれが無いという。つまりリナリーは、「始動キー」による支援を受けずに魔力を活性化させて魔法を発現していたことになる。
熟練の魔法使いならばそれも可能だろう。しかし、まったく使用せずに新しい魔法を取得することは難しい。やはりどのような魔法であってもまずは『完全詠唱』で習得し、徐々に詠唱文を削って慣らしていくものだ。
リナリーの持つ規格外の才能に思わず身体を震わせながらも、ルーカスは気を取り直して説明を再開する。
「ふむ。呪文詠唱方式では、『始動キー』と『放出キー』を組み合わせることで魔法を発現させることが一般的じゃ。前者で体内の魔力を活性化させ、後者でその魔力を魔法へと変化させるということじゃな」
その説明にリナリーが頷く。
「対して契約詠唱方式で使われるキーは、『契約キー』と『発現キー』という。発現方式が異なる以上、2つのキーの役割も呪文詠唱方式とは異なる。『契約キー』で世界の理へと働きかけ発現する魔法の属性を決定、『発現キー』で魔力を供給、具体的にどの魔法を発現させるかを決定することになるのじゃ。詠唱を省略する難易度は……、契約詠唱の方が難しいじゃろうな」
自分の説明にリナリーがしっかりついてきていることを確認し、ルーカスは手にしていた紙にさらさらと文字を書いていく。
「まあ、言葉で説明するよりも実際にやってみた方が理解も早いじゃろう。まずは『完全詠唱』から行こうかの」
【契約キー】
『獄炎に坐す怒りの王よ、我と古の契約を』(完全詠唱はここから)
【発現キー】
『万物を燃やす原初の火よ』(省略詠唱〈省略1段階〉はここから)
『司る精霊よ』(ここで発現する魔法の数を指定できる)
『飛翔、焔、敵を貫け』(省略詠唱〈省略2段階〉はここから)
『火の球』(直接詠唱はここから)
ルーカスが詠唱方式の詳細をメモした紙をリナリーに渡す。
「そこに書いたのは火属性の魔法球『|火の球《ファイン》』の詠唱文じゃ」
「はい」
「では、やってみようかの」
「分かりました」
ルーカスが離れたことを確認し、リナリーが精神を集中させる。
この魔法実習室は、魔法などの攻撃を受けても破壊されないよう頑丈に、そして魔力に対する対抗力が特に高い素材が使用されている。だからこそ、まさに試し打ちにはもってこいの場所だった。
まずは、詠唱文を全て唱え切る『完全詠唱』。
「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
契約キーを唱え、これから発現する魔法の属性を火属性だと決定する。
「『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』」
次に発現キー。これで具体的に発現する魔法を決定する。
「『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』」
リナリーが、誰もいない一点に向けて手のひらを掲げた。
そして唱える、魔法名。
「『|火の球《ファイン》』」
体内からずるりと魔力が抜けていく感覚。
普段よりも魔力消費が激しいな、とリナリーは感じた。
直後に、異変。
これまで。
リナリーは魔法を発現するに辺り、『完全詠唱』という方式を使ったことがなかった。なぜなら、呪文詠唱方式に従い魔法を発現していた時は、始動キーと呼ばれる詠唱文を用意していなかったからである。
しかし、今回。
リナリーは契約詠唱方式に手を出すことで、『完全詠唱』方式を使用することが可能となった。
詠唱文を省略せず、唱え切れば魔法の威力は上がる。
省略すればするほど、発現速度と引き換えに魔法の威力は下がる。
常日頃から、本来の威力とは遠く及ばない発現方式で魔法の練習をしていたリナリー。
そのリナリーが、今回初めて『完全詠唱』で魔法を発現した。
その結果は。
「――――え」
リナリーの右肩付近。
さっきまで少し肌寒く感じていたはずの訓練場。
にも拘わらず。
熱として皮膚は感知せず、リナリーの脳を一番最初に貫いたのは痛みだった。
視界がオレンジ色に染まる。
さっきまで何も無かった空間に、突如として出現した莫大なるエネルギー。
身体が傾き、そのエネルギー源へと目が行く。
まるで、
太陽のような、
灼熱の塊だった。
「――――っ!?」
咄嗟に距離を空ける。
条件反射。
新しく習得した契約詠唱ではなく、慣れ親しんだ呪文詠唱で。
「『|激流の壁《バブリア》』!!」
魔法名のみで魔法を発現する『直接詠唱』。
本来ならば詠唱文を一切詠唱しない『無詠唱』で発現するそれを、リナリーは『直接詠唱』で発現することで枚数と威力の底上げを図った。
30枚。
水属性の障壁が、リナリーの制御から外れ暴走直前の状態となっている『|火の球《ファイン》』の周囲を囲うように展開される。その外側を更に覆うように、同じく水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』がルーカスから発現される。その数は20枚。
直後に、爆発。
リナリーとルーカスが発現した計50枚の障壁の中心部で、『|火の球《ファイン》』が原型を失い炸裂した。
RankCの魔法球とRankBの障壁。
そして、属性優劣の関係で火属性に強い水属性の障壁。
本来ならば、個数が1対1であったとしても余裕で水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』が防ぎ切る。そう、本来ならば。
しかし、炸裂したのはあのリナリーが『完全詠唱』で発現した『|火の球《ファイン》』である。
凄まじい衝撃音と共に、内側から次々と障壁が砕け散る。リナリーとルーカスが『無詠唱』で障壁を更に展開していく。もともとあった障壁全てを吹き飛ばし、新たに発現された障壁数枚を破壊したところで、ようやく暴走状態にあった『|火の球《ファイン》』は効力を失い霧散した。
演習室に静寂が戻る。
居心地が悪そうに自らの様子を窺ってくるリナリーを余所に、ルーカスの胸中にあるのは驚愕、ただそれだけだった。
リナリーが契約詠唱によって発現したのは、属性を付加させた魔法球の中では最低ランクの魔法だ。攻撃特化の火属性だったとはいえ、それを防ぐために発現したのは属性優位に立つ水属性の障壁魔法。それもRankCの魔法球相手にRankBの障壁魔法を発現した。最初は50枚も。
それら全てを軽々と吹き飛ばし、追加の障壁を用意していなければ余波が演習室中に吹き荒れていたであろうことを考えると、ルーカスは驚愕を隠せない。
属性付加させた最低ランクの魔法でこれである。
確かに契約詠唱で魔法を発現するのは初めてだ。『完全詠唱』で魔法を発現するのも初めてだと言う。慣れていない作業なのだから、魔力が過剰に供給されることもあるかもしれない。しかし、今起こった現象は、ちょっとした手違いでは済まされない威力の魔法発現だった。手練れの魔法使いが全力で魔力を込めたって、同じ魔法で同じ現象は起こせないだろう。
それを、編入初日の8年生の院生が実現したのだ。
「ほっほっほ」
意図せずにして、笑い声が漏れた。
ルーカスは笑う。
自らの目の前で、肩身が狭そうにして立つ1人の少女を見て。
天才だ。
ルーカスがこれまで生きてきた中で、見たことも無いほどの才能を秘めている。
だからこそ、ルーカスは思う。
その力を持て余さぬよう、制御する術を身につけさせなければいけない、と。
その力を向ける先を見誤らぬよう、正しく導いてやらなければいけない、と。
上目遣いで見つめてくるリナリーの頭に手を乗せ、ルーカスは柔らかな声で言う。
「さて、落ち着いたら再開するかの。まずは『完全詠唱』で制御できねば話にならんぞい」
リナリー「いっぱい契約できた。まんぞく」
担任教師「ほっほっほ」
契約科教師「祭りじゃあああ!」→絶賛継続中
※
属性付加という技法がある。
それは読んで字の如く、魔法に属性を付加するということだ。無属性魔法(何の属性も持たない魔法の総称)よりも難度の高い技だが、それ故に付与された属性に準ずる独自の強さを発揮する。一般的に、付与できると言われている属性は7つ。『火』『風』『雷』『土』『水』『光』『闇』である。他にもいくつか確認されてはいるが、それは魔法使いの中でもある特別な血族たちでしか扱えておらず、そのメカニズムは不明である。よって、ここでは先に挙げた上記7つについての説明だけに留めたい。
下記に記すのが各々の特徴、そして強弱についてである。
【基本五大属性】
『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)
攻撃系の魔法に特化する。
回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。
『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)
移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
回復、回帰に適さない。
『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)
操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。
防御、視覚、回帰、重力に適さない。
『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)
防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)
回復系の魔法を得意とする。
操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。
【特殊二大属性】
『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
視覚系・回帰系の魔法を得意とする。
闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
重力系・捕縛系の魔法を得意とする。
光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
もちろん、適さないと記されてはいるものの、絶対に扱えないというわけではない。
例えば火属性で回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力が絶対に使えないとは言い切れない。
但し、それはその属性の限りなく極みまで上り詰めた者でなければ実用はできないだろう。特に『火』の「特化」とは、そういう意味合いも込めて使用されている。全ての属性には、それぞれの長所・欠点があるというわけだ。
※
リナリーと契約詠唱科8年の担任教師であるティチャード・ルーカスは、魔法具と契約してご満悦なリナリーを連れて契約詠唱科の塔にある実習室の1つを訪れていた。
「本格的な魔法発現の練習は明日からの授業に回すとして、じゃ。試し打ちはしてみたいじゃろ?」
「はい」
そわそわとした雰囲気を隠そうともせずにリナリーが頷く。リナリーがここまで感情を表に表すのは珍しいことだったのだが、まだ付き合いの浅いルーカスはそれに気付かない。年相応の態度に深い皺の刻まれた頬を緩めながら、ルーカスは問う。
「呪文詠唱と契約詠唱を問わず、詠唱方式にはいくつかの種類がある。答えられるかの」
「はい。『完全詠唱』、『省略詠唱』、『直接詠唱』、そして『無詠唱』です」
「それぞれの方式の違いは?」
「『完全詠唱』とは詠唱文を全て唱え切る方式、『省略詠唱』は一部の詠唱文を省略する方式、『直接詠唱』は最後の一単語、魔法名のみを詠唱する方式、そして『無詠唱』は一切の詠唱をせずに魔法を発現する方式です」
「詠唱を省略することによって受けるメリットとデメリットは?」
「詠唱を省略することで、魔法を素早く発現することができます。しかし、詠唱文を省略すればするほど魔法の威力は弱くなります」
「満点じゃ」
満足そうに頷くルーカスに、リナリーは会釈で返した。
「学習院に来るまでは呪文詠唱方式であったと聞いておるが……、エヴァンスはどの程度まで詠唱を省略できたのじゃ?」
「『完全詠唱』を除く、残り全ての詠唱方式での発現が可能です」
「……ん?」
その答えにルーカスは眉を吊り上げた。
それもそのはず。
詠唱方式の難易度としては、詠唱文全てを唱え切る『完全詠唱』が一番易しく、以降詠唱文を省略すればするほど難易度が上がる。よって、詠唱文全てを省略する『無詠唱』が難しい。
しかしリナリーは、難易度としては一番易しいはずの『完全詠唱』ができないと言った。
つまり、それを意味するところとは。
「まさかお主、始動キーが無いのか?」
「その通りです」
ケロリとそう答えるリナリーに、ルーカスは思わず目を見開いた。
呪文詠唱方式における「始動キー」とは、詠唱者の体内に眠る魔力を循環・活性化させるためのものであり、これによって活性化した魔力を後に唱える「放出キー」によって魔法という形に変化・形成させる。
この「始動キー」は個々人によって変わるため、オリジナルの詠唱文を構築する必要があるのだが、リナリーにはそれが無いという。つまりリナリーは、「始動キー」による支援を受けずに魔力を活性化させて魔法を発現していたことになる。
熟練の魔法使いならばそれも可能だろう。しかし、まったく使用せずに新しい魔法を取得することは難しい。やはりどのような魔法であってもまずは『完全詠唱』で習得し、徐々に詠唱文を削って慣らしていくものだ。
リナリーの持つ規格外の才能に思わず身体を震わせながらも、ルーカスは気を取り直して説明を再開する。
「ふむ。呪文詠唱方式では、『始動キー』と『放出キー』を組み合わせることで魔法を発現させることが一般的じゃ。前者で体内の魔力を活性化させ、後者でその魔力を魔法へと変化させるということじゃな」
その説明にリナリーが頷く。
「対して契約詠唱方式で使われるキーは、『契約キー』と『発現キー』という。発現方式が異なる以上、2つのキーの役割も呪文詠唱方式とは異なる。『契約キー』で世界の理へと働きかけ発現する魔法の属性を決定、『発現キー』で魔力を供給、具体的にどの魔法を発現させるかを決定することになるのじゃ。詠唱を省略する難易度は……、契約詠唱の方が難しいじゃろうな」
自分の説明にリナリーがしっかりついてきていることを確認し、ルーカスは手にしていた紙にさらさらと文字を書いていく。
「まあ、言葉で説明するよりも実際にやってみた方が理解も早いじゃろう。まずは『完全詠唱』から行こうかの」
【契約キー】
『獄炎に坐す怒りの王よ、我と古の契約を』(完全詠唱はここから)
【発現キー】
『万物を燃やす原初の火よ』(省略詠唱〈省略1段階〉はここから)
『司る精霊よ』(ここで発現する魔法の数を指定できる)
『飛翔、焔、敵を貫け』(省略詠唱〈省略2段階〉はここから)
『火の球』(直接詠唱はここから)
ルーカスが詠唱方式の詳細をメモした紙をリナリーに渡す。
「そこに書いたのは火属性の魔法球『|火の球《ファイン》』の詠唱文じゃ」
「はい」
「では、やってみようかの」
「分かりました」
ルーカスが離れたことを確認し、リナリーが精神を集中させる。
この魔法実習室は、魔法などの攻撃を受けても破壊されないよう頑丈に、そして魔力に対する対抗力が特に高い素材が使用されている。だからこそ、まさに試し打ちにはもってこいの場所だった。
まずは、詠唱文を全て唱え切る『完全詠唱』。
「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
契約キーを唱え、これから発現する魔法の属性を火属性だと決定する。
「『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』、『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』」
次に発現キー。これで具体的に発現する魔法を決定する。
「『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』」
リナリーが、誰もいない一点に向けて手のひらを掲げた。
そして唱える、魔法名。
「『|火の球《ファイン》』」
体内からずるりと魔力が抜けていく感覚。
普段よりも魔力消費が激しいな、とリナリーは感じた。
直後に、異変。
これまで。
リナリーは魔法を発現するに辺り、『完全詠唱』という方式を使ったことがなかった。なぜなら、呪文詠唱方式に従い魔法を発現していた時は、始動キーと呼ばれる詠唱文を用意していなかったからである。
しかし、今回。
リナリーは契約詠唱方式に手を出すことで、『完全詠唱』方式を使用することが可能となった。
詠唱文を省略せず、唱え切れば魔法の威力は上がる。
省略すればするほど、発現速度と引き換えに魔法の威力は下がる。
常日頃から、本来の威力とは遠く及ばない発現方式で魔法の練習をしていたリナリー。
そのリナリーが、今回初めて『完全詠唱』で魔法を発現した。
その結果は。
「――――え」
リナリーの右肩付近。
さっきまで少し肌寒く感じていたはずの訓練場。
にも拘わらず。
熱として皮膚は感知せず、リナリーの脳を一番最初に貫いたのは痛みだった。
視界がオレンジ色に染まる。
さっきまで何も無かった空間に、突如として出現した莫大なるエネルギー。
身体が傾き、そのエネルギー源へと目が行く。
まるで、
太陽のような、
灼熱の塊だった。
「――――っ!?」
咄嗟に距離を空ける。
条件反射。
新しく習得した契約詠唱ではなく、慣れ親しんだ呪文詠唱で。
「『|激流の壁《バブリア》』!!」
魔法名のみで魔法を発現する『直接詠唱』。
本来ならば詠唱文を一切詠唱しない『無詠唱』で発現するそれを、リナリーは『直接詠唱』で発現することで枚数と威力の底上げを図った。
30枚。
水属性の障壁が、リナリーの制御から外れ暴走直前の状態となっている『|火の球《ファイン》』の周囲を囲うように展開される。その外側を更に覆うように、同じく水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』がルーカスから発現される。その数は20枚。
直後に、爆発。
リナリーとルーカスが発現した計50枚の障壁の中心部で、『|火の球《ファイン》』が原型を失い炸裂した。
RankCの魔法球とRankBの障壁。
そして、属性優劣の関係で火属性に強い水属性の障壁。
本来ならば、個数が1対1であったとしても余裕で水属性の障壁魔法『|激流の壁《バブリア》』が防ぎ切る。そう、本来ならば。
しかし、炸裂したのはあのリナリーが『完全詠唱』で発現した『|火の球《ファイン》』である。
凄まじい衝撃音と共に、内側から次々と障壁が砕け散る。リナリーとルーカスが『無詠唱』で障壁を更に展開していく。もともとあった障壁全てを吹き飛ばし、新たに発現された障壁数枚を破壊したところで、ようやく暴走状態にあった『|火の球《ファイン》』は効力を失い霧散した。
演習室に静寂が戻る。
居心地が悪そうに自らの様子を窺ってくるリナリーを余所に、ルーカスの胸中にあるのは驚愕、ただそれだけだった。
リナリーが契約詠唱によって発現したのは、属性を付加させた魔法球の中では最低ランクの魔法だ。攻撃特化の火属性だったとはいえ、それを防ぐために発現したのは属性優位に立つ水属性の障壁魔法。それもRankCの魔法球相手にRankBの障壁魔法を発現した。最初は50枚も。
それら全てを軽々と吹き飛ばし、追加の障壁を用意していなければ余波が演習室中に吹き荒れていたであろうことを考えると、ルーカスは驚愕を隠せない。
属性付加させた最低ランクの魔法でこれである。
確かに契約詠唱で魔法を発現するのは初めてだ。『完全詠唱』で魔法を発現するのも初めてだと言う。慣れていない作業なのだから、魔力が過剰に供給されることもあるかもしれない。しかし、今起こった現象は、ちょっとした手違いでは済まされない威力の魔法発現だった。手練れの魔法使いが全力で魔力を込めたって、同じ魔法で同じ現象は起こせないだろう。
それを、編入初日の8年生の院生が実現したのだ。
「ほっほっほ」
意図せずにして、笑い声が漏れた。
ルーカスは笑う。
自らの目の前で、肩身が狭そうにして立つ1人の少女を見て。
天才だ。
ルーカスがこれまで生きてきた中で、見たことも無いほどの才能を秘めている。
だからこそ、ルーカスは思う。
その力を持て余さぬよう、制御する術を身につけさせなければいけない、と。
その力を向ける先を見誤らぬよう、正しく導いてやらなければいけない、と。
上目遣いで見つめてくるリナリーの頭に手を乗せ、ルーカスは柔らかな声で言う。
「さて、落ち着いたら再開するかの。まずは『完全詠唱』で制御できねば話にならんぞい」
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