リナリーss第7話
テレポーター
〈ひとこと〉
誤字報告をして下さった方、拍手やコメントを下さった方、感謝です!!
☆三行でまとまる、これまでのお話☆
リナリー「ひとまず5番げっと」
契約科教師「祭りじゃあああ!」ウォォォォォ!!
アメリア「クーリングオフ! クーリングオフ!」
※
契約詠唱科の院生がお祭り騒ぎに興じている頃、リナリーは教師と共にとある教室を訪れていた。厳重なセキュリティによって保護されていた室内は、壁一面が棚のようになっており、数々の魔法具が綺麗に並べられている。
「これらが契約に使用する魔法具ですか」
「その通りじゃ」
リナリーの言葉に高齢の教師は頷いた。
「さて」
興味深そうに魔法具を見て回るリナリーに、教師は改めて口を開く。
「お祭り騒ぎになっていたせいで授業にならんかったからな。そもそもの話から入るが……。エヴァンスや、呪文詠唱と契約詠唱の違いについては理解しておるかの」
「現代式呪文詠唱と古代式契約詠唱とでは、そもそも魔法発現のプロセスがまったく異なります。呪文詠唱は、呪文を詠唱することによって体内の魔力を活性化させて魔法を発現させます。対して契約詠唱は、契約文を詠唱することで世界の理に働きかけ、事象改変を促すものです」
教師はリナリーに続けるように促す。
「例えば、火を起こすには本来火種が必要です。呪文詠唱は自らの魔力を用いて火そのものを生み出します。契約詠唱は、その詠唱により火が本来起こるべき事象へと改変させ、改変前と改変後の矛盾点の帳尻を合わせるために詠唱者の魔力を使うことになります。つまり、契約詠唱の場合、自らの魔力が直接魔法に変わるわけではありません。事象改変の手助けをしている、と表現することが的確かと思います」
リナリーは整頓された魔法具へ視線を移しながら続ける。
「契約詠唱のメリットは、魔法センスが無くても魔力容量さえあれば最低限の魔法は発現できることです。契約文を唱えれば、後は勝手に魔力が吸い出されるわけですから。もっともセンスがあった方が効率的に魔法発現できるでしょう。デメリットとしては、最低でも2つの魔法具と契約を交わさなければならないことでしょうか。対して呪文詠唱は、魔法具と契約せずとも魔法は発現できるというメリットがあるものの、デメリットとしてそれは魔法使いのセンスに左右されてしまう、というところですね。あぁ、あと呪文詠唱と契約詠唱では、同じ魔法を発現しても契約詠唱の方が魔力消費が多いと聞いたことがあります」
「うむ。満点じゃな」
白髭を撫でながら、教師はにこりと笑った。
「契約詠唱は古代式、呪文詠唱は現代式と現在では呼ばれておる。契約詠唱が世に普及しなかった理由は3つ。1つ、実戦として使えるだけの魔法具を揃えるのに、莫大な労力と資金が必要であること。2つ、契約詠唱には呪文詠唱以上の魔力が必要であること。3つ、契約した魔法具が破壊された場合、対象となる魔法が使えなくなること」
そこまで説明したところで教師から笑みが消える。
真剣な面持ちで教師は尋ねた。
「エヴァンス。お主の魔法センスについてはわしも聞いておる。契約詠唱を選択するだけのメリットをお主が受けられるようには思えん。むしろ足枷となるじゃろう」
入手困難な魔法具が揃っている、もしくは揃えるだけの資金がある。
魔法センスは無いが、魔力はある。
そもそも呪文詠唱では体内の魔力が呼応しない。
などなど。
契約詠唱に手を出す魔法使いは多くは無いがいることはいる。しかし、その誰もが何かしらの理由を持っているものだ。しかし、リナリーにはそういった理由がない。
孤児院育ちで資金は無い。援助してくれる親もいない。
魔法センスはずば抜けている。既に編入初日で学習院の五本指に入った。
呪文詠唱者としては破格の才を持っていると言っても過言ではない。
契約する魔法具は学習院保管であるため破壊される可能性は低いだろう、というところくらいか。もっとも、それがリナリーだけのメリットになるというわけでもない。
「それでも契約詠唱科ということでよいのかの?」
「はい。私の知的好奇心が満たせる。それ以上のメリットはありません」
即答だった。
一瞬きょとんとした表情を見せた教師だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「よう言うた。では、順に契約して貰おうかの」
「よろしくお願いします」
リナリーは優雅に一礼した。
※
部屋にあった木造りの机に案内されたリナリーは、言われるがままにそこに腰かける。
その机に教師が1つの魔法具を持ってきた。
大きく空いた口。
漂う異質な魔力と錆びた鉄の臭い。
古めかしくも綺麗に磨き上げられた金の胴。
大袈裟なまでの装飾。
左右対称に取り付けられた大きな取っ手。
「聖杯じゃ。『アギルメスタの聖杯』という。込められた属性は『火』」
契約詠唱に用いる魔法具は2種類。
聖杯と巻物である。
聖杯と契約を交わすことで、対象となる属性魔法が契約詠唱で使用可能となる。但し、使用可能と言ってもあくまで許可が出るだけで、魔法が使えるようになるわけではない。
聖杯に契約した後は、今度は巻物と契約する。それは『魔法球』であったり『障壁魔法』であったり『治癒魔法』であったりと様々だ。1つ巻物に記されている魔法は1種類。異なる魔法を使いたければそれぞれの巻物と契約する必要があるということだ。
そして、聖杯と巻物は属性ごとにそれぞれ魔法具も異なる。つまり、『水』の巻物と契約したところで『火』の聖杯としか契約できていなければ『水』の巻物に記された魔法は発現できないということだ。
「これからお主には基本五大属性である『火』、『風』、『雷』、『土』、そして『水』の魔法具と契約してもらう。特殊二大属性の聖杯もあるにはあるが、契約詠唱初心者にはまずこの5つを使いこなすところから始めておる。よろしいかな」
「もちろん、異論はありません」
今日一日でリナリーはさんざん持て囃された。
特例で院生には契約させていない魔法具もさせるべきだ、と主張した教師もいた。しかし、その中でもリナリーの正面に立つこの高齢の教師のみはリナリーを特別扱いしなかった。担任だったからという理由だけでは無い。自分を平等に扱ってくれそうな教師だったからこそ、リナリーはこの場にこの教師を連れてきたのだ。
特別扱いされた院生が強くなるのは当然だ。
だからこそ、リナリーは特別扱いされない状態で頂点を目指す。
「良い返事じゃ」
高齢の教師は朗らかに笑ってから、聖杯の隣に銀のナイフを置いた。
「魔法具との契約には血を使う。血を聖杯に捧げるのじゃ。一滴で構わんから、深く切る必要はないぞい。親指の腹をちょっと切るだけでいいじゃろう。そして詠唱を捧げる。属性ごとに変わるが、火属性、アギルメスタの聖杯はこうじゃ。『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
「……そういえば、契約詠唱の詠唱キーは日本語でしたか」
「そうじゃな。エヴァンスや、日本語は?」
詠唱文を聞いたリナリーはそう口にした。これまで完全無欠な存在感を示していたが故にうっかりしていた、という表情で教師が聞いたが案の定杞憂に終わる。
「契約詠唱科を専攻しようと考えた日から勉強していました。問題はありません」
「そうか。では、やってみようかの」
「分かりました」
頷いたリナリーがナイフを右手に持ち、左手の親指へと添える。プツッという小さな音と共に、赤い血の球が膨らんだ。それを聖杯の上から垂らす。
そして。
「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ。|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
どくん、と。
リナリーは、自らの心音が一度だけ大きく聞こえた気がした。
「血が乾いてしまう前にどんどん行こうかの」
教師がアギルメスタの聖杯を片付け、次の聖杯を用意する。
「聖杯に唱える詠唱は、契約詠唱における『契約キー』と言うてな。これから契約詠唱を使う上でずっと詠唱していくものじゃ。しっかりと憶えておくのじゃぞ」
「分かりました」
無論、リナリーは既に暗記している。
興味を持ったことには妥協しないのがリナリーのスタンスだ。
こうして、リナリーは基本五大属性と呼ばれる5つの聖杯との契約を終えた。
以下が今日リナリーが契約した聖杯の種類とそれの『契約キー』である。
【火属性】アギルメスタの聖杯
『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【風属性】ウェスペルピナーの聖杯
『|蒼空《そうくう》に|坐《ざ》す|恵《めぐ》みの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【雷属性】グランダールの聖杯
『|積乱《せきらん》に|坐《ざ》す|轟《とどろ》きの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【土属性】ガングラーダの聖杯
『|地底《ちてい》に|坐《ざ》す|祈《いの》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【水属性】ウリウムの聖杯
『|大海《たいかい》に|坐《ざ》す|癒《いや》しの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
5つの聖杯との契約を終えたリナリーは、そのまま椅子に座っていた。教師が聖杯を全て片付け、2本の巻物を持ってくる。
「特に何かが変わった感じはしませんね」
自らの手のひらを見つめながらリナリーはそんなことを言った。教師が笑う。
「ほっほっほ。それはそうじゃろう。身体の造りが変わったわけでもあるまいし。エヴァンスや。これでお主は基本五大属性の契約詠唱を行う権利を得たわけじゃ」
そう言って教師が机の上に2本の巻物を並べた。全て赤色で中央を紐で縛られている。
「今度は巻物との契約じゃな。今持ってきたのは学習院で契約詠唱初心者に貸し出す、火属性の巻物じゃ」
そのうちの1つをリナリーが手に取る。年季の入ったそれはひどく汚れていたが、辛うじて文字は読むことができた。
「『火属性(魔法球):「火の球」』」
「そうじゃな。その巻物には火属性を付加した魔法球『|火の球《ファイン》』の魔法が記されておる。そして……」
教師が別の巻物を手に取り、そこに書かれている文字をリナリーに見せる。
「これがその魔法球よりワンランク上の魔法球、『|業火の弾丸《ギャルンライト》』が記されている巻物じゃ。つまり、同じ属性でいくつも種類がある魔法球も、『魔法球』という1つの括りでは扱ってくれないということじゃな」
同じ属性の魔法球でも、球、弾丸、砲弾と段々威力が上がっていく。他に貫通性能を付加させた貫通弾や、射出した後も操作できる誘導弾などもある。それら全てが使いたければそれぞれの巻物と契約を交わさなければいけないということだ。
「なるほど」
リナリーは頷く。
契約詠唱が実戦向きではないというのはこういうところからだ。一人前の契約詠唱者となるには、いったいどれほどの巻物を用意しなければいけないというのか。
「さて。それでは巻物と契約をしていこうかの。今度は詠唱の必要は無いぞい。巻物の中にあるサークルに血を垂らすだけでいい」
言われた通りに紐を解き、巻物を開くリナリー。
中にはこう書かれていた。
『万物を燃やす原初の火よ』
『司る精霊よ』
『飛翔、焔、敵を貫け』
『火の球』
「そこに書かれているのが『発現キー』と呼ばれるものじゃ」
契約詠唱は『契約キー』と『発現キー』によって成り立つ。『契約キー』を唱えることでどの属性を扱うのかを、そして『発現キー』を唱えることでどの魔法を使うのかを決める。
つまり、リナリーが今手にしている『|火の球《ファイン》』を発現したければ、
『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』
『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』
『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』
『|火の球《ファイン》』
と唱える必要があるということだ。
もっとも、上級者になると詠唱の一部を破棄したり、全ての詠唱を省略したりと、詠唱する量を調節することも可能だ。
発現キーの隣には、教師の言っていたサークルが書かれた場所がある。そこは既に数えきれないほどの血の跡がついていた。魔法具は1つにつき契約は1回というわけではないということだ。
血を垂らして契約を終えたリナリーから巻物を受け取った教師は言う。
「さあ、何せ数があるからの。どんどん行こうかの」
言われるがままに学習院側から初心者に提供される巻物に契約をしていくリナリー。途中、何度か親指を切り直し、何とか全ての契約を終える。
以下が今日リナリーが契約した巻物の数々である。
【火属性】
魔法球:『|火の球《ファイン》』RankC
魔法球(強化):『|業火の弾丸《ギャルンライト》』RankB
魔法球(貫通強化):『|業火の貫通弾《グリルアーツ》』RankB
【風属性】
魔法球:『|風の球《ウェンテ》』RankC
捕縛:『|風の蔦《ウェンテ》』RankC
身体強化:『|風の身体強化《ウェンテ》』RankB
【雷属性】
魔法球:『|雷の球《ボルティ》』RankC
捕縛:『|雷の蔦《ボルティ》』RankC
身体強化:『|雷の身体強化《ボルティ》』RankB
【土属性】
魔法球:『|土の球《サンディ》』RankC
障壁:『|土の壁《サンディ》』RankC
障壁(強化):『|堅牢の壁《グリルゴリグル》』RankB
【水属性】
魔法球:『|水の球《ウォルタ》』RankC
治癒:『|水の輪《ウォルタ》』RankC
治癒(強化):『|激流の輪《ヒーラ》』RankB
魔法にはそれぞれランクがある。
下はRankEから、D、C、B、A、Sと上がり、一番上にMとなる。
「想像以上の数と種類でした」
「そうかの? これでも全体の数で言うとお話にならん数じゃ。5属性で15本と聞けばそれなりの数かもしれんがのぉ」
「いえ、学習院側からは最低限のものしか提供してもらえないと聞いていましたので」
「実践で使うとなると手数が少ないと思うが?」
「これだけあれば十分です」
「ふむ。まあ、魔法も使い方次第じゃからな」
リナリーの言葉に頷きながら、教師は丁寧に巻物の紐を縛り直した。
誤字報告をして下さった方、拍手やコメントを下さった方、感謝です!!
☆三行でまとまる、これまでのお話☆
リナリー「ひとまず5番げっと」
契約科教師「祭りじゃあああ!」ウォォォォォ!!
アメリア「クーリングオフ! クーリングオフ!」
※
契約詠唱科の院生がお祭り騒ぎに興じている頃、リナリーは教師と共にとある教室を訪れていた。厳重なセキュリティによって保護されていた室内は、壁一面が棚のようになっており、数々の魔法具が綺麗に並べられている。
「これらが契約に使用する魔法具ですか」
「その通りじゃ」
リナリーの言葉に高齢の教師は頷いた。
「さて」
興味深そうに魔法具を見て回るリナリーに、教師は改めて口を開く。
「お祭り騒ぎになっていたせいで授業にならんかったからな。そもそもの話から入るが……。エヴァンスや、呪文詠唱と契約詠唱の違いについては理解しておるかの」
「現代式呪文詠唱と古代式契約詠唱とでは、そもそも魔法発現のプロセスがまったく異なります。呪文詠唱は、呪文を詠唱することによって体内の魔力を活性化させて魔法を発現させます。対して契約詠唱は、契約文を詠唱することで世界の理に働きかけ、事象改変を促すものです」
教師はリナリーに続けるように促す。
「例えば、火を起こすには本来火種が必要です。呪文詠唱は自らの魔力を用いて火そのものを生み出します。契約詠唱は、その詠唱により火が本来起こるべき事象へと改変させ、改変前と改変後の矛盾点の帳尻を合わせるために詠唱者の魔力を使うことになります。つまり、契約詠唱の場合、自らの魔力が直接魔法に変わるわけではありません。事象改変の手助けをしている、と表現することが的確かと思います」
リナリーは整頓された魔法具へ視線を移しながら続ける。
「契約詠唱のメリットは、魔法センスが無くても魔力容量さえあれば最低限の魔法は発現できることです。契約文を唱えれば、後は勝手に魔力が吸い出されるわけですから。もっともセンスがあった方が効率的に魔法発現できるでしょう。デメリットとしては、最低でも2つの魔法具と契約を交わさなければならないことでしょうか。対して呪文詠唱は、魔法具と契約せずとも魔法は発現できるというメリットがあるものの、デメリットとしてそれは魔法使いのセンスに左右されてしまう、というところですね。あぁ、あと呪文詠唱と契約詠唱では、同じ魔法を発現しても契約詠唱の方が魔力消費が多いと聞いたことがあります」
「うむ。満点じゃな」
白髭を撫でながら、教師はにこりと笑った。
「契約詠唱は古代式、呪文詠唱は現代式と現在では呼ばれておる。契約詠唱が世に普及しなかった理由は3つ。1つ、実戦として使えるだけの魔法具を揃えるのに、莫大な労力と資金が必要であること。2つ、契約詠唱には呪文詠唱以上の魔力が必要であること。3つ、契約した魔法具が破壊された場合、対象となる魔法が使えなくなること」
そこまで説明したところで教師から笑みが消える。
真剣な面持ちで教師は尋ねた。
「エヴァンス。お主の魔法センスについてはわしも聞いておる。契約詠唱を選択するだけのメリットをお主が受けられるようには思えん。むしろ足枷となるじゃろう」
入手困難な魔法具が揃っている、もしくは揃えるだけの資金がある。
魔法センスは無いが、魔力はある。
そもそも呪文詠唱では体内の魔力が呼応しない。
などなど。
契約詠唱に手を出す魔法使いは多くは無いがいることはいる。しかし、その誰もが何かしらの理由を持っているものだ。しかし、リナリーにはそういった理由がない。
孤児院育ちで資金は無い。援助してくれる親もいない。
魔法センスはずば抜けている。既に編入初日で学習院の五本指に入った。
呪文詠唱者としては破格の才を持っていると言っても過言ではない。
契約する魔法具は学習院保管であるため破壊される可能性は低いだろう、というところくらいか。もっとも、それがリナリーだけのメリットになるというわけでもない。
「それでも契約詠唱科ということでよいのかの?」
「はい。私の知的好奇心が満たせる。それ以上のメリットはありません」
即答だった。
一瞬きょとんとした表情を見せた教師だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「よう言うた。では、順に契約して貰おうかの」
「よろしくお願いします」
リナリーは優雅に一礼した。
※
部屋にあった木造りの机に案内されたリナリーは、言われるがままにそこに腰かける。
その机に教師が1つの魔法具を持ってきた。
大きく空いた口。
漂う異質な魔力と錆びた鉄の臭い。
古めかしくも綺麗に磨き上げられた金の胴。
大袈裟なまでの装飾。
左右対称に取り付けられた大きな取っ手。
「聖杯じゃ。『アギルメスタの聖杯』という。込められた属性は『火』」
契約詠唱に用いる魔法具は2種類。
聖杯と巻物である。
聖杯と契約を交わすことで、対象となる属性魔法が契約詠唱で使用可能となる。但し、使用可能と言ってもあくまで許可が出るだけで、魔法が使えるようになるわけではない。
聖杯に契約した後は、今度は巻物と契約する。それは『魔法球』であったり『障壁魔法』であったり『治癒魔法』であったりと様々だ。1つ巻物に記されている魔法は1種類。異なる魔法を使いたければそれぞれの巻物と契約する必要があるということだ。
そして、聖杯と巻物は属性ごとにそれぞれ魔法具も異なる。つまり、『水』の巻物と契約したところで『火』の聖杯としか契約できていなければ『水』の巻物に記された魔法は発現できないということだ。
「これからお主には基本五大属性である『火』、『風』、『雷』、『土』、そして『水』の魔法具と契約してもらう。特殊二大属性の聖杯もあるにはあるが、契約詠唱初心者にはまずこの5つを使いこなすところから始めておる。よろしいかな」
「もちろん、異論はありません」
今日一日でリナリーはさんざん持て囃された。
特例で院生には契約させていない魔法具もさせるべきだ、と主張した教師もいた。しかし、その中でもリナリーの正面に立つこの高齢の教師のみはリナリーを特別扱いしなかった。担任だったからという理由だけでは無い。自分を平等に扱ってくれそうな教師だったからこそ、リナリーはこの場にこの教師を連れてきたのだ。
特別扱いされた院生が強くなるのは当然だ。
だからこそ、リナリーは特別扱いされない状態で頂点を目指す。
「良い返事じゃ」
高齢の教師は朗らかに笑ってから、聖杯の隣に銀のナイフを置いた。
「魔法具との契約には血を使う。血を聖杯に捧げるのじゃ。一滴で構わんから、深く切る必要はないぞい。親指の腹をちょっと切るだけでいいじゃろう。そして詠唱を捧げる。属性ごとに変わるが、火属性、アギルメスタの聖杯はこうじゃ。『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
「……そういえば、契約詠唱の詠唱キーは日本語でしたか」
「そうじゃな。エヴァンスや、日本語は?」
詠唱文を聞いたリナリーはそう口にした。これまで完全無欠な存在感を示していたが故にうっかりしていた、という表情で教師が聞いたが案の定杞憂に終わる。
「契約詠唱科を専攻しようと考えた日から勉強していました。問題はありません」
「そうか。では、やってみようかの」
「分かりました」
頷いたリナリーがナイフを右手に持ち、左手の親指へと添える。プツッという小さな音と共に、赤い血の球が膨らんだ。それを聖杯の上から垂らす。
そして。
「『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ。|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』」
どくん、と。
リナリーは、自らの心音が一度だけ大きく聞こえた気がした。
「血が乾いてしまう前にどんどん行こうかの」
教師がアギルメスタの聖杯を片付け、次の聖杯を用意する。
「聖杯に唱える詠唱は、契約詠唱における『契約キー』と言うてな。これから契約詠唱を使う上でずっと詠唱していくものじゃ。しっかりと憶えておくのじゃぞ」
「分かりました」
無論、リナリーは既に暗記している。
興味を持ったことには妥協しないのがリナリーのスタンスだ。
こうして、リナリーは基本五大属性と呼ばれる5つの聖杯との契約を終えた。
以下が今日リナリーが契約した聖杯の種類とそれの『契約キー』である。
【火属性】アギルメスタの聖杯
『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【風属性】ウェスペルピナーの聖杯
『|蒼空《そうくう》に|坐《ざ》す|恵《めぐ》みの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【雷属性】グランダールの聖杯
『|積乱《せきらん》に|坐《ざ》す|轟《とどろ》きの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【土属性】ガングラーダの聖杯
『|地底《ちてい》に|坐《ざ》す|祈《いの》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
【水属性】ウリウムの聖杯
『|大海《たいかい》に|坐《ざ》す|癒《いや》しの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
5つの聖杯との契約を終えたリナリーは、そのまま椅子に座っていた。教師が聖杯を全て片付け、2本の巻物を持ってくる。
「特に何かが変わった感じはしませんね」
自らの手のひらを見つめながらリナリーはそんなことを言った。教師が笑う。
「ほっほっほ。それはそうじゃろう。身体の造りが変わったわけでもあるまいし。エヴァンスや。これでお主は基本五大属性の契約詠唱を行う権利を得たわけじゃ」
そう言って教師が机の上に2本の巻物を並べた。全て赤色で中央を紐で縛られている。
「今度は巻物との契約じゃな。今持ってきたのは学習院で契約詠唱初心者に貸し出す、火属性の巻物じゃ」
そのうちの1つをリナリーが手に取る。年季の入ったそれはひどく汚れていたが、辛うじて文字は読むことができた。
「『火属性(魔法球):「火の球」』」
「そうじゃな。その巻物には火属性を付加した魔法球『|火の球《ファイン》』の魔法が記されておる。そして……」
教師が別の巻物を手に取り、そこに書かれている文字をリナリーに見せる。
「これがその魔法球よりワンランク上の魔法球、『|業火の弾丸《ギャルンライト》』が記されている巻物じゃ。つまり、同じ属性でいくつも種類がある魔法球も、『魔法球』という1つの括りでは扱ってくれないということじゃな」
同じ属性の魔法球でも、球、弾丸、砲弾と段々威力が上がっていく。他に貫通性能を付加させた貫通弾や、射出した後も操作できる誘導弾などもある。それら全てが使いたければそれぞれの巻物と契約を交わさなければいけないということだ。
「なるほど」
リナリーは頷く。
契約詠唱が実戦向きではないというのはこういうところからだ。一人前の契約詠唱者となるには、いったいどれほどの巻物を用意しなければいけないというのか。
「さて。それでは巻物と契約をしていこうかの。今度は詠唱の必要は無いぞい。巻物の中にあるサークルに血を垂らすだけでいい」
言われた通りに紐を解き、巻物を開くリナリー。
中にはこう書かれていた。
『万物を燃やす原初の火よ』
『司る精霊よ』
『飛翔、焔、敵を貫け』
『火の球』
「そこに書かれているのが『発現キー』と呼ばれるものじゃ」
契約詠唱は『契約キー』と『発現キー』によって成り立つ。『契約キー』を唱えることでどの属性を扱うのかを、そして『発現キー』を唱えることでどの魔法を使うのかを決める。
つまり、リナリーが今手にしている『|火の球《ファイン》』を発現したければ、
『|獄炎《ごくえん》に|坐《ざ》す|怒《いか》りの|王《おう》よ、|我《われ》と|古《いにしえ》の|契約《けいやく》を』
『|万物《ばんぶつ》を|燃《も》やす|原初《げんしょ》の|火《ひ》よ』
『|司《つかさど》る|精霊《せいれい》よ』
『|飛翔《ひしょう》、|焔《ほむら》、|敵《てき》を|貫《つらぬ》け』
『|火の球《ファイン》』
と唱える必要があるということだ。
もっとも、上級者になると詠唱の一部を破棄したり、全ての詠唱を省略したりと、詠唱する量を調節することも可能だ。
発現キーの隣には、教師の言っていたサークルが書かれた場所がある。そこは既に数えきれないほどの血の跡がついていた。魔法具は1つにつき契約は1回というわけではないということだ。
血を垂らして契約を終えたリナリーから巻物を受け取った教師は言う。
「さあ、何せ数があるからの。どんどん行こうかの」
言われるがままに学習院側から初心者に提供される巻物に契約をしていくリナリー。途中、何度か親指を切り直し、何とか全ての契約を終える。
以下が今日リナリーが契約した巻物の数々である。
【火属性】
魔法球:『|火の球《ファイン》』RankC
魔法球(強化):『|業火の弾丸《ギャルンライト》』RankB
魔法球(貫通強化):『|業火の貫通弾《グリルアーツ》』RankB
【風属性】
魔法球:『|風の球《ウェンテ》』RankC
捕縛:『|風の蔦《ウェンテ》』RankC
身体強化:『|風の身体強化《ウェンテ》』RankB
【雷属性】
魔法球:『|雷の球《ボルティ》』RankC
捕縛:『|雷の蔦《ボルティ》』RankC
身体強化:『|雷の身体強化《ボルティ》』RankB
【土属性】
魔法球:『|土の球《サンディ》』RankC
障壁:『|土の壁《サンディ》』RankC
障壁(強化):『|堅牢の壁《グリルゴリグル》』RankB
【水属性】
魔法球:『|水の球《ウォルタ》』RankC
治癒:『|水の輪《ウォルタ》』RankC
治癒(強化):『|激流の輪《ヒーラ》』RankB
魔法にはそれぞれランクがある。
下はRankEから、D、C、B、A、Sと上がり、一番上にMとなる。
「想像以上の数と種類でした」
「そうかの? これでも全体の数で言うとお話にならん数じゃ。5属性で15本と聞けばそれなりの数かもしれんがのぉ」
「いえ、学習院側からは最低限のものしか提供してもらえないと聞いていましたので」
「実践で使うとなると手数が少ないと思うが?」
「これだけあれば十分です」
「ふむ。まあ、魔法も使い方次第じゃからな」
リナリーの言葉に頷きながら、教師は丁寧に巻物の紐を縛り直した。
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