リナリーss第3話
テレポーター
☆三行でまとまる、これまで(謎の記事)のお話☆
リナリー「サクッと1年で卒業しよ」
ハート「やっべどうしよ送り先間違えた」
団員「( ゚Д゚)」
※
龍脈という言葉がある。
大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。
アメリカにおいて、特にその魔力が濃い地域。おそらくこの地球上でもっとも魔力の生成量が多いとされている地域に、魔法世界エルトクリアはある。魔力濃度が高過ぎて、一部では魔法が使えない人間ですらも違和感を感じる地域があるほどだ。
そういった魔法に精通していない人間が持て余してしまうような地域だったからこそ、アメリカはその広大なる領地の一角を魔法使いの集団に貸し出したのだ。
魔法世界エルトクリアに唯一存在する学校を、王立エルトクリア魔法学習院という。12年制で、ここを卒業することが世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
魔法世界内に義務教育は無いが、基本的には皆この学習院に通うことになる。世界で魔法に最も魔法に精通している場所といえば、ここ魔法世界エルトクリア。そしてその唯一の教育機関となれば、必然的に世界からの注目も集まる。学習院内で名を上げれば将来の進路でも優位に立てるだろう。
それに、そもそも魔法は簡単に習得できるものではない。制御に失敗した基礎魔法は、完璧に制御された大魔法よりも恐ろしい。1つの失敗が平気で人の命を奪う。余程の例外でなければ、独学でどうにかしようとは思わないものなのだ。
そして。
その余程の例外とも言うべき存在が、エルトクリア学習院の院長室に訪れていた。
※
王立エルトクリア魔法学習院のトップであるアメリア・クランベリーは、にこにこ顔で自らの院長室へ訪問してきたリナリー・エヴァンスを完全に持て余していた。
「……それで、当学習院への入学の希望理由をもう一度お聞かせ願えますか?」
「魔法使いとして高みを目指すためです」
あらかじめ用意されていたであろう答えをサラッと答えるリナリー。胡散臭そうな表情を隠そうともしないアメリア。「じゃあなんでこれまで入学を拒否してたんだよ」とは聞かなかった。大まかな説明は既に『トランプ』に所属するハートに聞かされていたからである。
ついでに、非常に扱いにくい存在であるとも。
手加減していたとはいえ、ハートの十八番魔法である火属性を付加した魔法球の打ち合いで17歳の少女が拮抗した、という話を最初に聞いたとき、アメリアは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。しかし、それを語るハートの表情はいつまで経っても真剣なままで、おまけに後ろに控える魔法聖騎士団の面々も一切口出ししてこなかったことから、アメリアは自らの先入観を捨てることに決めた。
そして出てくる、正気を疑うような情報の数々。
無詠唱で魔法球を100発近く発現できる。それは難易度がワンランク上がる属性付加の魔法球も同様である。無詠唱の障壁魔法で、ハートの火属性を付加した魔法球を弾き飛ばした。ハートの属性が付加されていない魔法球なら魔法を発現せずとも霧散させられる。それに加えて、ハートが割り込んだせいで発現されなかったものの、リナリーは院生は愚か世間一般の魔法使いの大半が発現できないとされる高難度魔法すら発現しようとしていた……。
そこまで思考を巡らせたところで、アメリアは強引にそこから先を考えるのをやめた。
先入観を捨てる、と言っても簡単に信じられるような内容ではない。「1年生からではなく、特例で上の学年から入学させてほしい」と口添えしてきたハートが、ある程度情報を盛って話している可能性だってある。
だからアメリアは、化けの皮でも剥いでやるかという心づもりでリナリーに入学試験を受けさせた。特例待遇を望むほどの逸材なのだから、従来のものよりも若干難易度を上げて。
結果は。
「特例で、貴方は8年生からのスタートです」
全教科満点。うち一科目は100点満点中謎の105点をマークし、担当教員を問い詰めたところ「私にはない独自の着眼点に大変感動した」との答えが返ってくる始末。実技に至っては、計測器はぶっ壊すし対人戦では相手役を務めた教師を完封負けに追い込むしで無茶苦茶だった。その教師は酷く落ち込み3日間病欠した。
入学前からこんな有り様である。10歳で順当に入学してくれていれば、ここまで頭を悩ませることもなかっただろう。学習院開校以来の天才だと院長としても鼻高々だったかもしれない。しかし、実際の入学は17歳から。既に英雄の領域に足をかけている怪物をどう扱えというのか。
本来なら、どれだけ優秀な逸材であろうとも1年生からスタートさせる。そして、そこでの実績を踏まえた上で飛び級という制度を使用するのだ。
つまり、これはこの学習院始まって以来の特例。
しかし。
「8年生か。思ったより伸びなかったわね」
特例で、と頭につけているにも拘わらずリナリーのこの呟きである。アメリアは頭痛に頭を悩ませつつも重い口を開く。
「順当に1年ずつ学年を上げていけば、17歳で8年生です。同い年が大半を占めているこの学年に入れることが最良と判断しました」
「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」
思いの外あっさりと引き下がるリナリーにアメリアは怪訝な表情を浮かべたが、文句を言われるよりは断然マシかと思い直した。
「それで……、貴方が志望するのは本当に契約詠唱科でいいのですか?」
「はい」
即答するリナリーに、アメリアは重いため息を吐く。これもアメリアを悩ませる理由の1つだった。
魔法を発現する詠唱方式は2種類ある。『呪文詠唱方式』と『契約詠唱方式』だ。
呪文詠唱方式とは、読んで字のごとく呪文を詠唱することによって魔法を発現する方式をいう。
自らの体内に眠る魔力を、呪文の『音』によって導き魔法を練る。呪文詠唱は、2つのキーによって構成される。「始動キー」と「放出キー」だ。
「始動キー」とは、魔力を始動させるために用いるキーを指す。どんな『音』を用いても構わない。これはあくまで自らの体内に眠る魔力を循環・活性化させる為のものであり、魔法発現には直接的には関係しない。つまり、自分の好きな音の羅列で構築できるわけだ。
そして、もう1つの「放出キー」は、始動キーによって循環・活性化した魔力を、魔法という形に変化・放出させるキーのことを指す。これは始動キーと違い、どんな『音』でもいいというわけにはいかない。
この『音』こそが呪文詠唱における魔法の源泉。つまり魔法を形作る核という扱いになる。放出キーは『呪文大全集』という公認の文書に集約されている。
普及しているのはこちらである。
対して契約詠唱方式とは、専用の魔法具と契約し専用の「契約キー」を詠唱することで魔法を発現する方式をいう。
専用の魔法具とは、属性ごとに存在する「聖杯」と魔法球や障壁などの魔法の種類ごとに存在する「巻物」を指す。そしてこれが契約詠唱方式が浸透しない原因なのだ。
契約詠唱方式で魔法使いとして生計を立てていくなら、それなりの数の魔法具を用意する必要がある。しかし、この魔法具は一般に流通している物ではないので、非常に高額となる。
希少価値が高いが故に熱心に収集するコレクターもおり、エルトクリア内で開催されるオークションでも出回ることは滅多にない。出品されても一般人では手の出せない金額になっている。
そういった理由から、契約詠唱方式は普及していなかった。余程の物好きな金持ちか、貴族のような立場にいる人間。
もしくは。
「契約詠唱科では、勉強のために魔法具を貸し出していると伺っていますが」
「正確には貸し出すわけではなく、当学習院に保管されている聖杯と巻物を使用して契約してもらう形になります。一度契約してしまえば、持ち歩く必要はないですからね。契約した魔法具が破壊されない限り、その効力は続きますし」
「なるほど」
リナリーのように、滅多に触れられない契約詠唱を学生のうちに学びたいと考える院生か。
しかし。
「ですが、当学習院で保管してある巻物は数少ないですよ? 基本五大属性と呼ばれる基礎魔法球と障壁魔法、それから捕縛魔法と回復魔法をいくつか。つまり、高難度の巻物は用意していませんが」
「それだけ契約できるなら十分です」
「ガルルガ・ハートの話では、貴方は『番号持ち』入りすることを目標にしているとか」
「最終目標ではありませんが、狙ってはいます」
「魔法具を自前で用意できない以上、貴方は高難度の魔法を学ぶことができません。これまでは呪文詠唱方式だったのでしょう? 自らの始動キーがあるのでは?」
「始動キーはありません」
「は?」
「始動キーなど使用しなくても、ある程度の魔法は発現できました。折角この学習院に来たのですから、新たなアプローチで魔法に触れたいと考えています。それに、契約詠唱科に行ったところで、自分の呪文詠唱が禁止されるわけではありませんよね?」
「え、ええ。契約詠唱による魔法前提の授業でなければ」
「なら、何の問題もありません」
何がだよ、とは怖くて言えなかった。だが、そんなアメリアの心情を他所に、淡々とリナリーは言う。
「私が『番号持ち』入りすることへの弊害にはなりません」
「……それでは、契約詠唱科で登録しましょう」
もはやつっこむ気力すら起きず、アメリアはうんざりしながら書類にサインした。
「当学習院は7年生までは共学、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科に分かれて学びます」
「だからこそ8年生からということですね」
「……それも理由の1つです。貴方は明日からクラスに合流してもらうことになります。授業内容が途中からということになりますが」
「構いません。今日中に教科書等の教材を頂きたいのですが」
「もちろん手配しています。貴方が本日から生活する寮室にあるはずです。ただ、魔法具への契約については明日の放課後となります」
「分かりました」
リナリーが了承したことを確認し、アメリアが頷いた。
「私からの話は以上となりますが、何か質問はありますか?」
「学習院を1年で卒業したいと考えているのですが、最低限しておくべきことがあれば教えてください」
僅かな時間ではあるが、アメリアは完全にフリーズした。
「……当学習院は12年制です。1年で卒業できるコースは用意していません」
「なるほど。では、誰もが認めざるを得ない実績が必要ということですね。理解しました」
目の前の少女が何を理解したのかがアメリアには分からない。何か会話がうまく噛み合っていない気がしたが、アメリアはもはや気にしないことにした。軽く咳払いすることで流れを戻す。
「では、寮塔へ案内させましょう」
アメリアが手元にあった銀のベルを鳴らした。やや間を置いて、院長室の扉をノックする音が聞こえる。
「入りなさい」
部屋の主の声に従い、ノックした人物が姿を現した。
「し、失礼します……」
その子に対するリナリーの第一印象は、「おどおどした子だな」というところだった。こじんまりとした背丈に、癖のある赤毛。そばかすがチャームポイントの少女。
「アベリィ・ベルと言います。同じく契約詠唱科8年生。貴方のルームメイトになる子です。彼女に案内役を頼んでいます」
「よ、よろしくお願いします」
アメリアに紹介されてぺこりと頭を下げるアベリィに応えるため、リナリーもソファから立ち上がった。
「リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」
お互い頭を下げ合う生徒を見て、アメリアが頷く。
「では、私からの話は以上です。下がって良いですよ。次は進級式で会いましょう。エヴァンス、実りある1年を」
言外に、寝ぼけた事は抜かさないで堅実に1年を過ごせとアメリアは言った。対するリナリーはそれを十分に理解しつつもにっこりと笑みを返す。
「ありがとうございます。頑張りたいと思います」
果たして何を目指して頑張るのか。明確な言葉は口にせず、リナリーは優雅に一礼した後、院長室を退室した。
「……確かにやりにくいわね」
案内役のはずのアベリィがリナリーに遅れる形で退室していったのを確認し、アメリアは重いため息を吐きながらそう呟いた。いっそのこと、飛び抜けて問題児だった方がアメリアも接しやすかった。あの最高戦力と名高いガルルガ・ハートへ敬語を使わないような少女という情報だったので、ここでがつんと言ってやるかと考えていたアメリアだったが、態度については申し分ない。
というか、文武両道容姿端麗を地で行く英才だった。
若干、上昇志向が強すぎるというよりも学習院の制度を舐め腐っている感は否めなかったが、上を目指す姿勢を持っているという点では悪くない。むしろ、アメリアにとっては好感度アップである。常に上を目指す心意気が無ければ、成長など無いのだから。
だが。
「あり得るはずがない……のだけれど。本当に1年で卒業とかできるのかしら」
アメリアがトップなのだから、最終的な判断はアメリア自身が執り行う。つまり、どれだけの実績を積み上げて来ようと、アメリアが首を縦に振らなければ学習院を1年で卒業なんてできるはずがない。……はずがないのに、なぜかそれを決定する立場にあるはずのアメリアですら不安になってしまうのだった。
リナリー「サクッと1年で卒業しよ」
ハート「やっべどうしよ送り先間違えた」
団員「( ゚Д゚)」
※
龍脈という言葉がある。
大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。
アメリカにおいて、特にその魔力が濃い地域。おそらくこの地球上でもっとも魔力の生成量が多いとされている地域に、魔法世界エルトクリアはある。魔力濃度が高過ぎて、一部では魔法が使えない人間ですらも違和感を感じる地域があるほどだ。
そういった魔法に精通していない人間が持て余してしまうような地域だったからこそ、アメリカはその広大なる領地の一角を魔法使いの集団に貸し出したのだ。
魔法世界エルトクリアに唯一存在する学校を、王立エルトクリア魔法学習院という。12年制で、ここを卒業することが世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
魔法世界内に義務教育は無いが、基本的には皆この学習院に通うことになる。世界で魔法に最も魔法に精通している場所といえば、ここ魔法世界エルトクリア。そしてその唯一の教育機関となれば、必然的に世界からの注目も集まる。学習院内で名を上げれば将来の進路でも優位に立てるだろう。
それに、そもそも魔法は簡単に習得できるものではない。制御に失敗した基礎魔法は、完璧に制御された大魔法よりも恐ろしい。1つの失敗が平気で人の命を奪う。余程の例外でなければ、独学でどうにかしようとは思わないものなのだ。
そして。
その余程の例外とも言うべき存在が、エルトクリア学習院の院長室に訪れていた。
※
王立エルトクリア魔法学習院のトップであるアメリア・クランベリーは、にこにこ顔で自らの院長室へ訪問してきたリナリー・エヴァンスを完全に持て余していた。
「……それで、当学習院への入学の希望理由をもう一度お聞かせ願えますか?」
「魔法使いとして高みを目指すためです」
あらかじめ用意されていたであろう答えをサラッと答えるリナリー。胡散臭そうな表情を隠そうともしないアメリア。「じゃあなんでこれまで入学を拒否してたんだよ」とは聞かなかった。大まかな説明は既に『トランプ』に所属するハートに聞かされていたからである。
ついでに、非常に扱いにくい存在であるとも。
手加減していたとはいえ、ハートの十八番魔法である火属性を付加した魔法球の打ち合いで17歳の少女が拮抗した、という話を最初に聞いたとき、アメリアは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。しかし、それを語るハートの表情はいつまで経っても真剣なままで、おまけに後ろに控える魔法聖騎士団の面々も一切口出ししてこなかったことから、アメリアは自らの先入観を捨てることに決めた。
そして出てくる、正気を疑うような情報の数々。
無詠唱で魔法球を100発近く発現できる。それは難易度がワンランク上がる属性付加の魔法球も同様である。無詠唱の障壁魔法で、ハートの火属性を付加した魔法球を弾き飛ばした。ハートの属性が付加されていない魔法球なら魔法を発現せずとも霧散させられる。それに加えて、ハートが割り込んだせいで発現されなかったものの、リナリーは院生は愚か世間一般の魔法使いの大半が発現できないとされる高難度魔法すら発現しようとしていた……。
そこまで思考を巡らせたところで、アメリアは強引にそこから先を考えるのをやめた。
先入観を捨てる、と言っても簡単に信じられるような内容ではない。「1年生からではなく、特例で上の学年から入学させてほしい」と口添えしてきたハートが、ある程度情報を盛って話している可能性だってある。
だからアメリアは、化けの皮でも剥いでやるかという心づもりでリナリーに入学試験を受けさせた。特例待遇を望むほどの逸材なのだから、従来のものよりも若干難易度を上げて。
結果は。
「特例で、貴方は8年生からのスタートです」
全教科満点。うち一科目は100点満点中謎の105点をマークし、担当教員を問い詰めたところ「私にはない独自の着眼点に大変感動した」との答えが返ってくる始末。実技に至っては、計測器はぶっ壊すし対人戦では相手役を務めた教師を完封負けに追い込むしで無茶苦茶だった。その教師は酷く落ち込み3日間病欠した。
入学前からこんな有り様である。10歳で順当に入学してくれていれば、ここまで頭を悩ませることもなかっただろう。学習院開校以来の天才だと院長としても鼻高々だったかもしれない。しかし、実際の入学は17歳から。既に英雄の領域に足をかけている怪物をどう扱えというのか。
本来なら、どれだけ優秀な逸材であろうとも1年生からスタートさせる。そして、そこでの実績を踏まえた上で飛び級という制度を使用するのだ。
つまり、これはこの学習院始まって以来の特例。
しかし。
「8年生か。思ったより伸びなかったわね」
特例で、と頭につけているにも拘わらずリナリーのこの呟きである。アメリアは頭痛に頭を悩ませつつも重い口を開く。
「順当に1年ずつ学年を上げていけば、17歳で8年生です。同い年が大半を占めているこの学年に入れることが最良と判断しました」
「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」
思いの外あっさりと引き下がるリナリーにアメリアは怪訝な表情を浮かべたが、文句を言われるよりは断然マシかと思い直した。
「それで……、貴方が志望するのは本当に契約詠唱科でいいのですか?」
「はい」
即答するリナリーに、アメリアは重いため息を吐く。これもアメリアを悩ませる理由の1つだった。
魔法を発現する詠唱方式は2種類ある。『呪文詠唱方式』と『契約詠唱方式』だ。
呪文詠唱方式とは、読んで字のごとく呪文を詠唱することによって魔法を発現する方式をいう。
自らの体内に眠る魔力を、呪文の『音』によって導き魔法を練る。呪文詠唱は、2つのキーによって構成される。「始動キー」と「放出キー」だ。
「始動キー」とは、魔力を始動させるために用いるキーを指す。どんな『音』を用いても構わない。これはあくまで自らの体内に眠る魔力を循環・活性化させる為のものであり、魔法発現には直接的には関係しない。つまり、自分の好きな音の羅列で構築できるわけだ。
そして、もう1つの「放出キー」は、始動キーによって循環・活性化した魔力を、魔法という形に変化・放出させるキーのことを指す。これは始動キーと違い、どんな『音』でもいいというわけにはいかない。
この『音』こそが呪文詠唱における魔法の源泉。つまり魔法を形作る核という扱いになる。放出キーは『呪文大全集』という公認の文書に集約されている。
普及しているのはこちらである。
対して契約詠唱方式とは、専用の魔法具と契約し専用の「契約キー」を詠唱することで魔法を発現する方式をいう。
専用の魔法具とは、属性ごとに存在する「聖杯」と魔法球や障壁などの魔法の種類ごとに存在する「巻物」を指す。そしてこれが契約詠唱方式が浸透しない原因なのだ。
契約詠唱方式で魔法使いとして生計を立てていくなら、それなりの数の魔法具を用意する必要がある。しかし、この魔法具は一般に流通している物ではないので、非常に高額となる。
希少価値が高いが故に熱心に収集するコレクターもおり、エルトクリア内で開催されるオークションでも出回ることは滅多にない。出品されても一般人では手の出せない金額になっている。
そういった理由から、契約詠唱方式は普及していなかった。余程の物好きな金持ちか、貴族のような立場にいる人間。
もしくは。
「契約詠唱科では、勉強のために魔法具を貸し出していると伺っていますが」
「正確には貸し出すわけではなく、当学習院に保管されている聖杯と巻物を使用して契約してもらう形になります。一度契約してしまえば、持ち歩く必要はないですからね。契約した魔法具が破壊されない限り、その効力は続きますし」
「なるほど」
リナリーのように、滅多に触れられない契約詠唱を学生のうちに学びたいと考える院生か。
しかし。
「ですが、当学習院で保管してある巻物は数少ないですよ? 基本五大属性と呼ばれる基礎魔法球と障壁魔法、それから捕縛魔法と回復魔法をいくつか。つまり、高難度の巻物は用意していませんが」
「それだけ契約できるなら十分です」
「ガルルガ・ハートの話では、貴方は『番号持ち』入りすることを目標にしているとか」
「最終目標ではありませんが、狙ってはいます」
「魔法具を自前で用意できない以上、貴方は高難度の魔法を学ぶことができません。これまでは呪文詠唱方式だったのでしょう? 自らの始動キーがあるのでは?」
「始動キーはありません」
「は?」
「始動キーなど使用しなくても、ある程度の魔法は発現できました。折角この学習院に来たのですから、新たなアプローチで魔法に触れたいと考えています。それに、契約詠唱科に行ったところで、自分の呪文詠唱が禁止されるわけではありませんよね?」
「え、ええ。契約詠唱による魔法前提の授業でなければ」
「なら、何の問題もありません」
何がだよ、とは怖くて言えなかった。だが、そんなアメリアの心情を他所に、淡々とリナリーは言う。
「私が『番号持ち』入りすることへの弊害にはなりません」
「……それでは、契約詠唱科で登録しましょう」
もはやつっこむ気力すら起きず、アメリアはうんざりしながら書類にサインした。
「当学習院は7年生までは共学、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科に分かれて学びます」
「だからこそ8年生からということですね」
「……それも理由の1つです。貴方は明日からクラスに合流してもらうことになります。授業内容が途中からということになりますが」
「構いません。今日中に教科書等の教材を頂きたいのですが」
「もちろん手配しています。貴方が本日から生活する寮室にあるはずです。ただ、魔法具への契約については明日の放課後となります」
「分かりました」
リナリーが了承したことを確認し、アメリアが頷いた。
「私からの話は以上となりますが、何か質問はありますか?」
「学習院を1年で卒業したいと考えているのですが、最低限しておくべきことがあれば教えてください」
僅かな時間ではあるが、アメリアは完全にフリーズした。
「……当学習院は12年制です。1年で卒業できるコースは用意していません」
「なるほど。では、誰もが認めざるを得ない実績が必要ということですね。理解しました」
目の前の少女が何を理解したのかがアメリアには分からない。何か会話がうまく噛み合っていない気がしたが、アメリアはもはや気にしないことにした。軽く咳払いすることで流れを戻す。
「では、寮塔へ案内させましょう」
アメリアが手元にあった銀のベルを鳴らした。やや間を置いて、院長室の扉をノックする音が聞こえる。
「入りなさい」
部屋の主の声に従い、ノックした人物が姿を現した。
「し、失礼します……」
その子に対するリナリーの第一印象は、「おどおどした子だな」というところだった。こじんまりとした背丈に、癖のある赤毛。そばかすがチャームポイントの少女。
「アベリィ・ベルと言います。同じく契約詠唱科8年生。貴方のルームメイトになる子です。彼女に案内役を頼んでいます」
「よ、よろしくお願いします」
アメリアに紹介されてぺこりと頭を下げるアベリィに応えるため、リナリーもソファから立ち上がった。
「リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」
お互い頭を下げ合う生徒を見て、アメリアが頷く。
「では、私からの話は以上です。下がって良いですよ。次は進級式で会いましょう。エヴァンス、実りある1年を」
言外に、寝ぼけた事は抜かさないで堅実に1年を過ごせとアメリアは言った。対するリナリーはそれを十分に理解しつつもにっこりと笑みを返す。
「ありがとうございます。頑張りたいと思います」
果たして何を目指して頑張るのか。明確な言葉は口にせず、リナリーは優雅に一礼した後、院長室を退室した。
「……確かにやりにくいわね」
案内役のはずのアベリィがリナリーに遅れる形で退室していったのを確認し、アメリアは重いため息を吐きながらそう呟いた。いっそのこと、飛び抜けて問題児だった方がアメリアも接しやすかった。あの最高戦力と名高いガルルガ・ハートへ敬語を使わないような少女という情報だったので、ここでがつんと言ってやるかと考えていたアメリアだったが、態度については申し分ない。
というか、文武両道容姿端麗を地で行く英才だった。
若干、上昇志向が強すぎるというよりも学習院の制度を舐め腐っている感は否めなかったが、上を目指す姿勢を持っているという点では悪くない。むしろ、アメリアにとっては好感度アップである。常に上を目指す心意気が無ければ、成長など無いのだから。
だが。
「あり得るはずがない……のだけれど。本当に1年で卒業とかできるのかしら」
アメリアがトップなのだから、最終的な判断はアメリア自身が執り行う。つまり、どれだけの実績を積み上げて来ようと、アメリアが首を縦に振らなければ学習院を1年で卒業なんてできるはずがない。……はずがないのに、なぜかそれを決定する立場にあるはずのアメリアですら不安になってしまうのだった。
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