リナリーss第3話
テレポーター
☆三行でまとまる、これまで(謎の記事)のお話☆
リナリー「サクッと1年で卒業しよ」
ハート「やっべどうしよ送り先間違えた」
団員「( ゚Д゚)」
※
龍脈という言葉がある。
大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。
アメリカにおいて、特にその魔力が濃い地域。おそらくこの地球上でもっとも魔力の生成量が多いとされている地域に、魔法世界エルトクリアはある。魔力濃度が高過ぎて、一部では魔法が使えない人間ですらも違和感を感じる地域があるほどだ。
そういった魔法に精通していない人間が持て余してしまうような地域だったからこそ、アメリカはその広大なる領地の一角を魔法使いの集団に貸し出したのだ。
魔法世界エルトクリアに唯一存在する学校を、王立エルトクリア魔法学習院という。12年制で、ここを卒業することが世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
魔法世界内に義務教育は無いが、基本的には皆この学習院に通うことになる。世界で魔法に最も魔法に精通している場所といえば、ここ魔法世界エルトクリア。そしてその唯一の教育機関となれば、必然的に世界からの注目も集まる。学習院内で名を上げれば将来の進路でも優位に立てるだろう。
それに、そもそも魔法は簡単に習得できるものではない。制御に失敗した基礎魔法は、完璧に制御された大魔法よりも恐ろしい。1つの失敗が平気で人の命を奪う。余程の例外でなければ、独学でどうにかしようとは思わないものなのだ。
そして。
その余程の例外とも言うべき存在が、エルトクリア学習院の院長室に訪れていた。
※
王立エルトクリア魔法学習院のトップであるアメリア・クランベリーは、にこにこ顔で自らの院長室へ訪問してきたリナリー・エヴァンスを完全に持て余していた。
「……それで、当学習院への入学の希望理由をもう一度お聞かせ願えますか?」
「魔法使いとして高みを目指すためです」
あらかじめ用意されていたであろう答えをサラッと答えるリナリー。胡散臭そうな表情を隠そうともしないアメリア。「じゃあなんでこれまで入学を拒否してたんだよ」とは聞かなかった。大まかな説明は既に『トランプ』に所属するハートに聞かされていたからである。
ついでに、非常に扱いにくい存在であるとも。
手加減していたとはいえ、ハートの十八番魔法である火属性を付加した魔法球の打ち合いで17歳の少女が拮抗した、という話を最初に聞いたとき、アメリアは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。しかし、それを語るハートの表情はいつまで経っても真剣なままで、おまけに後ろに控える魔法聖騎士団の面々も一切口出ししてこなかったことから、アメリアは自らの先入観を捨てることに決めた。
そして出てくる、正気を疑うような情報の数々。
無詠唱で魔法球を100発近く発現できる。それは難易度がワンランク上がる属性付加の魔法球も同様である。無詠唱の障壁魔法で、ハートの火属性を付加した魔法球を弾き飛ばした。ハートの属性が付加されていない魔法球なら魔法を発現せずとも霧散させられる。それに加えて、ハートが割り込んだせいで発現されなかったものの、リナリーは院生は愚か世間一般の魔法使いの大半が発現できないとされる高難度魔法すら発現しようとしていた……。
そこまで思考を巡らせたところで、アメリアは強引にそこから先を考えるのをやめた。
先入観を捨てる、と言っても簡単に信じられるような内容ではない。「1年生からではなく、特例で上の学年から入学させてほしい」と口添えしてきたハートが、ある程度情報を盛って話している可能性だってある。
だからアメリアは、化けの皮でも剥いでやるかという心づもりでリナリーに入学試験を受けさせた。特例待遇を望むほどの逸材なのだから、従来のものよりも若干難易度を上げて。
結果は。
「特例で、貴方は8年生からのスタートです」
全教科満点。うち一科目は100点満点中謎の105点をマークし、担当教員を問い詰めたところ「私にはない独自の着眼点に大変感動した」との答えが返ってくる始末。実技に至っては、計測器はぶっ壊すし対人戦では相手役を務めた教師を完封負けに追い込むしで無茶苦茶だった。その教師は酷く落ち込み3日間病欠した。
入学前からこんな有り様である。10歳で順当に入学してくれていれば、ここまで頭を悩ませることもなかっただろう。学習院開校以来の天才だと院長としても鼻高々だったかもしれない。しかし、実際の入学は17歳から。既に英雄の領域に足をかけている怪物をどう扱えというのか。
本来なら、どれだけ優秀な逸材であろうとも1年生からスタートさせる。そして、そこでの実績を踏まえた上で飛び級という制度を使用するのだ。
つまり、これはこの学習院始まって以来の特例。
しかし。
「8年生か。思ったより伸びなかったわね」
特例で、と頭につけているにも拘わらずリナリーのこの呟きである。アメリアは頭痛に頭を悩ませつつも重い口を開く。
「順当に1年ずつ学年を上げていけば、17歳で8年生です。同い年が大半を占めているこの学年に入れることが最良と判断しました」
「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」
思いの外あっさりと引き下がるリナリーにアメリアは怪訝な表情を浮かべたが、文句を言われるよりは断然マシかと思い直した。
「それで……、貴方が志望するのは本当に契約詠唱科でいいのですか?」
「はい」
即答するリナリーに、アメリアは重いため息を吐く。これもアメリアを悩ませる理由の1つだった。
魔法を発現する詠唱方式は2種類ある。『呪文詠唱方式』と『契約詠唱方式』だ。
呪文詠唱方式とは、読んで字のごとく呪文を詠唱することによって魔法を発現する方式をいう。
自らの体内に眠る魔力を、呪文の『音』によって導き魔法を練る。呪文詠唱は、2つのキーによって構成される。「始動キー」と「放出キー」だ。
「始動キー」とは、魔力を始動させるために用いるキーを指す。どんな『音』を用いても構わない。これはあくまで自らの体内に眠る魔力を循環・活性化させる為のものであり、魔法発現には直接的には関係しない。つまり、自分の好きな音の羅列で構築できるわけだ。
そして、もう1つの「放出キー」は、始動キーによって循環・活性化した魔力を、魔法という形に変化・放出させるキーのことを指す。これは始動キーと違い、どんな『音』でもいいというわけにはいかない。
この『音』こそが呪文詠唱における魔法の源泉。つまり魔法を形作る核という扱いになる。放出キーは『呪文大全集』という公認の文書に集約されている。
普及しているのはこちらである。
対して契約詠唱方式とは、専用の魔法具と契約し専用の「契約キー」を詠唱することで魔法を発現する方式をいう。
専用の魔法具とは、属性ごとに存在する「聖杯」と魔法球や障壁などの魔法の種類ごとに存在する「巻物」を指す。そしてこれが契約詠唱方式が浸透しない原因なのだ。
契約詠唱方式で魔法使いとして生計を立てていくなら、それなりの数の魔法具を用意する必要がある。しかし、この魔法具は一般に流通している物ではないので、非常に高額となる。
希少価値が高いが故に熱心に収集するコレクターもおり、エルトクリア内で開催されるオークションでも出回ることは滅多にない。出品されても一般人では手の出せない金額になっている。
そういった理由から、契約詠唱方式は普及していなかった。余程の物好きな金持ちか、貴族のような立場にいる人間。
もしくは。
「契約詠唱科では、勉強のために魔法具を貸し出していると伺っていますが」
「正確には貸し出すわけではなく、当学習院に保管されている聖杯と巻物を使用して契約してもらう形になります。一度契約してしまえば、持ち歩く必要はないですからね。契約した魔法具が破壊されない限り、その効力は続きますし」
「なるほど」
リナリーのように、滅多に触れられない契約詠唱を学生のうちに学びたいと考える院生か。
しかし。
「ですが、当学習院で保管してある巻物は数少ないですよ? 基本五大属性と呼ばれる基礎魔法球と障壁魔法、それから捕縛魔法と回復魔法をいくつか。つまり、高難度の巻物は用意していませんが」
「それだけ契約できるなら十分です」
「ガルルガ・ハートの話では、貴方は『番号持ち』入りすることを目標にしているとか」
「最終目標ではありませんが、狙ってはいます」
「魔法具を自前で用意できない以上、貴方は高難度の魔法を学ぶことができません。これまでは呪文詠唱方式だったのでしょう? 自らの始動キーがあるのでは?」
「始動キーはありません」
「は?」
「始動キーなど使用しなくても、ある程度の魔法は発現できました。折角この学習院に来たのですから、新たなアプローチで魔法に触れたいと考えています。それに、契約詠唱科に行ったところで、自分の呪文詠唱が禁止されるわけではありませんよね?」
「え、ええ。契約詠唱による魔法前提の授業でなければ」
「なら、何の問題もありません」
何がだよ、とは怖くて言えなかった。だが、そんなアメリアの心情を他所に、淡々とリナリーは言う。
「私が『番号持ち』入りすることへの弊害にはなりません」
「……それでは、契約詠唱科で登録しましょう」
もはやつっこむ気力すら起きず、アメリアはうんざりしながら書類にサインした。
「当学習院は7年生までは共学、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科に分かれて学びます」
「だからこそ8年生からということですね」
「……それも理由の1つです。貴方は明日からクラスに合流してもらうことになります。授業内容が途中からということになりますが」
「構いません。今日中に教科書等の教材を頂きたいのですが」
「もちろん手配しています。貴方が本日から生活する寮室にあるはずです。ただ、魔法具への契約については明日の放課後となります」
「分かりました」
リナリーが了承したことを確認し、アメリアが頷いた。
「私からの話は以上となりますが、何か質問はありますか?」
「学習院を1年で卒業したいと考えているのですが、最低限しておくべきことがあれば教えてください」
僅かな時間ではあるが、アメリアは完全にフリーズした。
「……当学習院は12年制です。1年で卒業できるコースは用意していません」
「なるほど。では、誰もが認めざるを得ない実績が必要ということですね。理解しました」
目の前の少女が何を理解したのかがアメリアには分からない。何か会話がうまく噛み合っていない気がしたが、アメリアはもはや気にしないことにした。軽く咳払いすることで流れを戻す。
「では、寮塔へ案内させましょう」
アメリアが手元にあった銀のベルを鳴らした。やや間を置いて、院長室の扉をノックする音が聞こえる。
「入りなさい」
部屋の主の声に従い、ノックした人物が姿を現した。
「し、失礼します……」
その子に対するリナリーの第一印象は、「おどおどした子だな」というところだった。こじんまりとした背丈に、癖のある赤毛。そばかすがチャームポイントの少女。
「アベリィ・ベルと言います。同じく契約詠唱科8年生。貴方のルームメイトになる子です。彼女に案内役を頼んでいます」
「よ、よろしくお願いします」
アメリアに紹介されてぺこりと頭を下げるアベリィに応えるため、リナリーもソファから立ち上がった。
「リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」
お互い頭を下げ合う生徒を見て、アメリアが頷く。
「では、私からの話は以上です。下がって良いですよ。次は進級式で会いましょう。エヴァンス、実りある1年を」
言外に、寝ぼけた事は抜かさないで堅実に1年を過ごせとアメリアは言った。対するリナリーはそれを十分に理解しつつもにっこりと笑みを返す。
「ありがとうございます。頑張りたいと思います」
果たして何を目指して頑張るのか。明確な言葉は口にせず、リナリーは優雅に一礼した後、院長室を退室した。
「……確かにやりにくいわね」
案内役のはずのアベリィがリナリーに遅れる形で退室していったのを確認し、アメリアは重いため息を吐きながらそう呟いた。いっそのこと、飛び抜けて問題児だった方がアメリアも接しやすかった。あの最高戦力と名高いガルルガ・ハートへ敬語を使わないような少女という情報だったので、ここでがつんと言ってやるかと考えていたアメリアだったが、態度については申し分ない。
というか、文武両道容姿端麗を地で行く英才だった。
若干、上昇志向が強すぎるというよりも学習院の制度を舐め腐っている感は否めなかったが、上を目指す姿勢を持っているという点では悪くない。むしろ、アメリアにとっては好感度アップである。常に上を目指す心意気が無ければ、成長など無いのだから。
だが。
「あり得るはずがない……のだけれど。本当に1年で卒業とかできるのかしら」
アメリアがトップなのだから、最終的な判断はアメリア自身が執り行う。つまり、どれだけの実績を積み上げて来ようと、アメリアが首を縦に振らなければ学習院を1年で卒業なんてできるはずがない。……はずがないのに、なぜかそれを決定する立場にあるはずのアメリアですら不安になってしまうのだった。
リナリー「サクッと1年で卒業しよ」
ハート「やっべどうしよ送り先間違えた」
団員「( ゚Д゚)」
※
龍脈という言葉がある。
大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。
アメリカにおいて、特にその魔力が濃い地域。おそらくこの地球上でもっとも魔力の生成量が多いとされている地域に、魔法世界エルトクリアはある。魔力濃度が高過ぎて、一部では魔法が使えない人間ですらも違和感を感じる地域があるほどだ。
そういった魔法に精通していない人間が持て余してしまうような地域だったからこそ、アメリカはその広大なる領地の一角を魔法使いの集団に貸し出したのだ。
魔法世界エルトクリアに唯一存在する学校を、王立エルトクリア魔法学習院という。12年制で、ここを卒業することが世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
魔法世界内に義務教育は無いが、基本的には皆この学習院に通うことになる。世界で魔法に最も魔法に精通している場所といえば、ここ魔法世界エルトクリア。そしてその唯一の教育機関となれば、必然的に世界からの注目も集まる。学習院内で名を上げれば将来の進路でも優位に立てるだろう。
それに、そもそも魔法は簡単に習得できるものではない。制御に失敗した基礎魔法は、完璧に制御された大魔法よりも恐ろしい。1つの失敗が平気で人の命を奪う。余程の例外でなければ、独学でどうにかしようとは思わないものなのだ。
そして。
その余程の例外とも言うべき存在が、エルトクリア学習院の院長室に訪れていた。
※
王立エルトクリア魔法学習院のトップであるアメリア・クランベリーは、にこにこ顔で自らの院長室へ訪問してきたリナリー・エヴァンスを完全に持て余していた。
「……それで、当学習院への入学の希望理由をもう一度お聞かせ願えますか?」
「魔法使いとして高みを目指すためです」
あらかじめ用意されていたであろう答えをサラッと答えるリナリー。胡散臭そうな表情を隠そうともしないアメリア。「じゃあなんでこれまで入学を拒否してたんだよ」とは聞かなかった。大まかな説明は既に『トランプ』に所属するハートに聞かされていたからである。
ついでに、非常に扱いにくい存在であるとも。
手加減していたとはいえ、ハートの十八番魔法である火属性を付加した魔法球の打ち合いで17歳の少女が拮抗した、という話を最初に聞いたとき、アメリアは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。しかし、それを語るハートの表情はいつまで経っても真剣なままで、おまけに後ろに控える魔法聖騎士団の面々も一切口出ししてこなかったことから、アメリアは自らの先入観を捨てることに決めた。
そして出てくる、正気を疑うような情報の数々。
無詠唱で魔法球を100発近く発現できる。それは難易度がワンランク上がる属性付加の魔法球も同様である。無詠唱の障壁魔法で、ハートの火属性を付加した魔法球を弾き飛ばした。ハートの属性が付加されていない魔法球なら魔法を発現せずとも霧散させられる。それに加えて、ハートが割り込んだせいで発現されなかったものの、リナリーは院生は愚か世間一般の魔法使いの大半が発現できないとされる高難度魔法すら発現しようとしていた……。
そこまで思考を巡らせたところで、アメリアは強引にそこから先を考えるのをやめた。
先入観を捨てる、と言っても簡単に信じられるような内容ではない。「1年生からではなく、特例で上の学年から入学させてほしい」と口添えしてきたハートが、ある程度情報を盛って話している可能性だってある。
だからアメリアは、化けの皮でも剥いでやるかという心づもりでリナリーに入学試験を受けさせた。特例待遇を望むほどの逸材なのだから、従来のものよりも若干難易度を上げて。
結果は。
「特例で、貴方は8年生からのスタートです」
全教科満点。うち一科目は100点満点中謎の105点をマークし、担当教員を問い詰めたところ「私にはない独自の着眼点に大変感動した」との答えが返ってくる始末。実技に至っては、計測器はぶっ壊すし対人戦では相手役を務めた教師を完封負けに追い込むしで無茶苦茶だった。その教師は酷く落ち込み3日間病欠した。
入学前からこんな有り様である。10歳で順当に入学してくれていれば、ここまで頭を悩ませることもなかっただろう。学習院開校以来の天才だと院長としても鼻高々だったかもしれない。しかし、実際の入学は17歳から。既に英雄の領域に足をかけている怪物をどう扱えというのか。
本来なら、どれだけ優秀な逸材であろうとも1年生からスタートさせる。そして、そこでの実績を踏まえた上で飛び級という制度を使用するのだ。
つまり、これはこの学習院始まって以来の特例。
しかし。
「8年生か。思ったより伸びなかったわね」
特例で、と頭につけているにも拘わらずリナリーのこの呟きである。アメリアは頭痛に頭を悩ませつつも重い口を開く。
「順当に1年ずつ学年を上げていけば、17歳で8年生です。同い年が大半を占めているこの学年に入れることが最良と判断しました」
「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」
思いの外あっさりと引き下がるリナリーにアメリアは怪訝な表情を浮かべたが、文句を言われるよりは断然マシかと思い直した。
「それで……、貴方が志望するのは本当に契約詠唱科でいいのですか?」
「はい」
即答するリナリーに、アメリアは重いため息を吐く。これもアメリアを悩ませる理由の1つだった。
魔法を発現する詠唱方式は2種類ある。『呪文詠唱方式』と『契約詠唱方式』だ。
呪文詠唱方式とは、読んで字のごとく呪文を詠唱することによって魔法を発現する方式をいう。
自らの体内に眠る魔力を、呪文の『音』によって導き魔法を練る。呪文詠唱は、2つのキーによって構成される。「始動キー」と「放出キー」だ。
「始動キー」とは、魔力を始動させるために用いるキーを指す。どんな『音』を用いても構わない。これはあくまで自らの体内に眠る魔力を循環・活性化させる為のものであり、魔法発現には直接的には関係しない。つまり、自分の好きな音の羅列で構築できるわけだ。
そして、もう1つの「放出キー」は、始動キーによって循環・活性化した魔力を、魔法という形に変化・放出させるキーのことを指す。これは始動キーと違い、どんな『音』でもいいというわけにはいかない。
この『音』こそが呪文詠唱における魔法の源泉。つまり魔法を形作る核という扱いになる。放出キーは『呪文大全集』という公認の文書に集約されている。
普及しているのはこちらである。
対して契約詠唱方式とは、専用の魔法具と契約し専用の「契約キー」を詠唱することで魔法を発現する方式をいう。
専用の魔法具とは、属性ごとに存在する「聖杯」と魔法球や障壁などの魔法の種類ごとに存在する「巻物」を指す。そしてこれが契約詠唱方式が浸透しない原因なのだ。
契約詠唱方式で魔法使いとして生計を立てていくなら、それなりの数の魔法具を用意する必要がある。しかし、この魔法具は一般に流通している物ではないので、非常に高額となる。
希少価値が高いが故に熱心に収集するコレクターもおり、エルトクリア内で開催されるオークションでも出回ることは滅多にない。出品されても一般人では手の出せない金額になっている。
そういった理由から、契約詠唱方式は普及していなかった。余程の物好きな金持ちか、貴族のような立場にいる人間。
もしくは。
「契約詠唱科では、勉強のために魔法具を貸し出していると伺っていますが」
「正確には貸し出すわけではなく、当学習院に保管されている聖杯と巻物を使用して契約してもらう形になります。一度契約してしまえば、持ち歩く必要はないですからね。契約した魔法具が破壊されない限り、その効力は続きますし」
「なるほど」
リナリーのように、滅多に触れられない契約詠唱を学生のうちに学びたいと考える院生か。
しかし。
「ですが、当学習院で保管してある巻物は数少ないですよ? 基本五大属性と呼ばれる基礎魔法球と障壁魔法、それから捕縛魔法と回復魔法をいくつか。つまり、高難度の巻物は用意していませんが」
「それだけ契約できるなら十分です」
「ガルルガ・ハートの話では、貴方は『番号持ち』入りすることを目標にしているとか」
「最終目標ではありませんが、狙ってはいます」
「魔法具を自前で用意できない以上、貴方は高難度の魔法を学ぶことができません。これまでは呪文詠唱方式だったのでしょう? 自らの始動キーがあるのでは?」
「始動キーはありません」
「は?」
「始動キーなど使用しなくても、ある程度の魔法は発現できました。折角この学習院に来たのですから、新たなアプローチで魔法に触れたいと考えています。それに、契約詠唱科に行ったところで、自分の呪文詠唱が禁止されるわけではありませんよね?」
「え、ええ。契約詠唱による魔法前提の授業でなければ」
「なら、何の問題もありません」
何がだよ、とは怖くて言えなかった。だが、そんなアメリアの心情を他所に、淡々とリナリーは言う。
「私が『番号持ち』入りすることへの弊害にはなりません」
「……それでは、契約詠唱科で登録しましょう」
もはやつっこむ気力すら起きず、アメリアはうんざりしながら書類にサインした。
「当学習院は7年生までは共学、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科に分かれて学びます」
「だからこそ8年生からということですね」
「……それも理由の1つです。貴方は明日からクラスに合流してもらうことになります。授業内容が途中からということになりますが」
「構いません。今日中に教科書等の教材を頂きたいのですが」
「もちろん手配しています。貴方が本日から生活する寮室にあるはずです。ただ、魔法具への契約については明日の放課後となります」
「分かりました」
リナリーが了承したことを確認し、アメリアが頷いた。
「私からの話は以上となりますが、何か質問はありますか?」
「学習院を1年で卒業したいと考えているのですが、最低限しておくべきことがあれば教えてください」
僅かな時間ではあるが、アメリアは完全にフリーズした。
「……当学習院は12年制です。1年で卒業できるコースは用意していません」
「なるほど。では、誰もが認めざるを得ない実績が必要ということですね。理解しました」
目の前の少女が何を理解したのかがアメリアには分からない。何か会話がうまく噛み合っていない気がしたが、アメリアはもはや気にしないことにした。軽く咳払いすることで流れを戻す。
「では、寮塔へ案内させましょう」
アメリアが手元にあった銀のベルを鳴らした。やや間を置いて、院長室の扉をノックする音が聞こえる。
「入りなさい」
部屋の主の声に従い、ノックした人物が姿を現した。
「し、失礼します……」
その子に対するリナリーの第一印象は、「おどおどした子だな」というところだった。こじんまりとした背丈に、癖のある赤毛。そばかすがチャームポイントの少女。
「アベリィ・ベルと言います。同じく契約詠唱科8年生。貴方のルームメイトになる子です。彼女に案内役を頼んでいます」
「よ、よろしくお願いします」
アメリアに紹介されてぺこりと頭を下げるアベリィに応えるため、リナリーもソファから立ち上がった。
「リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」
お互い頭を下げ合う生徒を見て、アメリアが頷く。
「では、私からの話は以上です。下がって良いですよ。次は進級式で会いましょう。エヴァンス、実りある1年を」
言外に、寝ぼけた事は抜かさないで堅実に1年を過ごせとアメリアは言った。対するリナリーはそれを十分に理解しつつもにっこりと笑みを返す。
「ありがとうございます。頑張りたいと思います」
果たして何を目指して頑張るのか。明確な言葉は口にせず、リナリーは優雅に一礼した後、院長室を退室した。
「……確かにやりにくいわね」
案内役のはずのアベリィがリナリーに遅れる形で退室していったのを確認し、アメリアは重いため息を吐きながらそう呟いた。いっそのこと、飛び抜けて問題児だった方がアメリアも接しやすかった。あの最高戦力と名高いガルルガ・ハートへ敬語を使わないような少女という情報だったので、ここでがつんと言ってやるかと考えていたアメリアだったが、態度については申し分ない。
というか、文武両道容姿端麗を地で行く英才だった。
若干、上昇志向が強すぎるというよりも学習院の制度を舐め腐っている感は否めなかったが、上を目指す姿勢を持っているという点では悪くない。むしろ、アメリアにとっては好感度アップである。常に上を目指す心意気が無ければ、成長など無いのだから。
だが。
「あり得るはずがない……のだけれど。本当に1年で卒業とかできるのかしら」
アメリアがトップなのだから、最終的な判断はアメリア自身が執り行う。つまり、どれだけの実績を積み上げて来ようと、アメリアが首を縦に振らなければ学習院を1年で卒業なんてできるはずがない。……はずがないのに、なぜかそれを決定する立場にあるはずのアメリアですら不安になってしまうのだった。
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リナリーss第2話
テレポーター
☆三行でまとまる、これまで(謎の記事)のお話☆
ハート様「勝負だ!」
リナリー「ばっちこい」
団員たち「ハラハラ」
※
魔法世界エルトクリア。
広大なアメリカの領地の一角にあるそれは、エルトクリア王が統治する魔法使いの国だ。正確に言えば、アメリカの領地であることに間違いはないのだが、通貨が違えば適用される法律も違う、挙句魔法世界エルトクリアとアメリカの行き来に専用の身分証明書も必要となれば、ほぼ独立した国と見てもいいかもしれない。ただ、使用されている言語は英語である。
周囲は厳重な防護結界で覆われており、魔法世界エルトクリアへの入国には正面玄関となるアオバと呼ばれる街を経由する必要がある。中には、計10を数える特色ある街並みが広がっており、自国全てを賄えるだけのライフラインが成立している。
その10ある街のうちの1つ。ひっそりと佇むとある孤児院の裏手にある空き地にて、20mほどの距離を空けて2人が対峙していた。
かたや、この国に8人しかいない最高戦力の一角、ハート。
かたや、この国のとある孤児院に身を寄せる今年17歳になった少女。
この文面だけ見るなら、どう考えても勝つのは前者だ。もはや弱い者いじめの域である。いや、虐待や処刑といったおどろおどろしい単語の方がしっくりくるかもしれない。
しかし。
そこに17歳の少女が『あのリナリー・エヴァンス』という事実が加わると、少々事情が変わってくる。
「ならば、最初は軽く行こうか」
相対する少女に向けてそう言ったハートは、自らの真上に1発の魔法球を発現した。詠唱工程を省略した高等技術、『無詠唱』という技法である。通常通り詠唱した上で発現した魔法よりも威力は劣るが、発現速度は比べるまでも無く最速。
ただ、この場でハートが『無詠唱』という技法で魔法を発現した真意とは、発現速度やら自らの技量の誇示やらではなく、威力を極力抑えようとする意味合いが強かった。いくら『孤児院に住む天才魔法少女』と謳われる少女が相手であったとしても、自分とは立場が違い過ぎるが故だ。
ただでさえ大人と子ども。そしてハートは最高戦力と呼ばれる存在。自分の魔法球1発で、少女が死んでしまう可能性すら考慮しておかなければならない。そうハートは肝に銘じた上で、魔法球をリナリーへと射出した。
そして。
ハートが打ち出した魔法球は、リナリーのもとへ届く前に消失した。
「……お?」
その光景に、思わずハートの口から間の抜けた声が漏れる。同じ魔法球で迎撃するわけでもなく、障壁魔法を展開することで防ぐわけでもなく、消失。
つまり、ハートが放った魔法球よりも、リナリーが纏う魔力の方が多かったために打ち消されてしまったということだ。
「なるほど。今の威力程度ではお話にならないということか」
ハートは笑いを噛み殺しながらそう呟く。確かに威力は抑えた。それも極限まで。それでも、自分よりも一回り以上若い少女に、ここまで簡単に打ち消されるとは思っていなかったのだ。
「小手調べにしても、これは無いんじゃないかしら」
「そうだな。すまなかった」
一回り以上若い少女に向けて、ハートは素直に謝罪した。
そして。
「ならば、もう少し威力を上げていこうかな」
ハートが両手を広げてそう告げる。
再び無詠唱による発現。ただ、先ほどのように威力を極限まで抑えたりはしない。
さらに。
「火属性だって!?」
2人を囲うようにして見守っていた魔法聖騎士団の団員が叫ぶ。団員が指摘した通り、ハートが発現した魔法球は、先ほどと違い炎の塊となって発現されていた。魔力には様々な属性を付加させることができるが、火属性はその中でも『攻撃特化』とされるほど、別格な強さを誇っている。
その火属性の魔法球が、5つ。
「さあ、どう凌いでくれる? 見せてくれ」
その言葉を合図に、ハートから火属性の魔法球5発が射出された。先ほどよりスピードも速い。オレンジ色の残像を残しながらリナリーの下へと殺到する魔法球。その光景を見ても、リナリーの表情に怯えは無かった。
一瞥し、軽く右手を向ける。動作はたったそれだけ。
リナリーの魔法が発現される。
「なんだって!?」
団員の誰かが驚きの声を上げた。
攻撃特化の火属性を纏った魔法球5発。それらが全て、リナリーが無詠唱で展開した魔法障壁によって阻まれて弾け飛んだのだ。
「まさか、攻撃特化の火属性を無詠唱の障壁で防ぐだと!?」
それも、この国の最高戦力と謳われる魔法使いの魔法球を、である。防がれた当の本人に動揺は無い。無論、自らがまだまだ本気とは程遠いレベルの魔法しか使っていないからだ。それでも、ここまで簡単に防がれることに多少の驚きはあった。
「素晴らしいな。リナリー・エヴァンス。17歳、独学にしてその技量。感嘆に値する」
「ありがと。けど、少し気が早いんじゃないかしら。まだ私の実力の底を見せた覚えは無いわよ」
ハートの賞賛に素っ気なく答えたリナリーが、ついに攻撃に移った。
ハートと同じく無詠唱。属性は付加されていない。
しかし。
彼女の背後に展開された魔法球の数は、50を超えていた。
「馬鹿なっ!? この数を……、無詠唱だと!?」
またもや団員の誰かが叫ぶ。並列で10発の魔法球を発現するだけでも十分にエリートといわれるこの世界で、この数は常軌を逸していた。しかも、その基準は詠唱をした上での話だ。さらに難易度が上がる無詠唱でこの状況を作り出したリナリー・エヴァンスは、もはや別格と言える存在だった。
団員たちは完全に理解した。
この少女は、既に自分たちでは届かない英雄と呼ばれる領域にいるのだと。
「いくわよ」
「あぁ、来い」
外野が勝手に盛り上がろうが、本人たちに興味は無い。ハートの答えを聞き、リナリーが魔法球の群れを一斉に射出した。それらは目にも留まらぬ速さでハートの下へと殺到する。
「ふっ」
ハートが両手を打ち鳴らした。
同時にハートの身体から勢いよく魔力が放出される。最初の1発目でリナリーが防いだのと原理は同じ。ハートは自らの周囲に魔力を放出することで、リナリーから放たれた魔法球の群れ全てを霧散させた。
その光景を見たリナリーが笑う。
「貴方、負けず嫌いなのね」
「負けん気が無ければこの立場は務まらないということだ」
軽口を叩き合いながら、お互いが無詠唱で新たな魔法球を発現する。両者共に、攻撃特化の火属性を付加させていた。もはやリナリーが無詠唱で火属性の魔法球を発現していても、ハートは驚かない。ニヤリと口角を歪めて言う。
「負けず嫌いならお前も負けていないのではないか?」
「別に。流石に攻撃特化を無属性の魔法球で捌き切れないと思っただけよ」
同時に射出。
両者の中間付近で衝突し合い、派手に火花を散らす。それを合図として、問答無用の打ち合いが始まった。これまでの片方が攻撃している間は片方が防御、といったターン制のような展開ではない。お互いがお互いの隙を突くようにして魔法球を発現し、相手へ放つ。そして、魔法球で撃ち落とし切れなかった流れ弾を障壁魔法で防ぐ。
もはや完全にギャラリーと化していた団員たちは、その光景に唖然とする他無かった。最高戦力と謳われる魔法使い相手に、一歩も引かない少女。当然、ハートは手加減をしている。しかし、それを差し引いたとしてもこの光景は信じ難いものだった。
「こちらに合わせているのかしら。詠唱しても構わないのよ」
「ほざけ。誰に向かって口を効いているんだこの小娘」
そして、当の本人たちは、打ち合いの最中にこうして軽口を叩き合う始末である。
リナリーの火属性を付加した魔法球の数が、更に一段階上がった。もはや一度に発現している量は100発近くにのぼるだろう。しかし、それでもハートの牙城は崩れない。的確に向かってくる魔法球を相殺し、流れ弾は障壁で処理していく。それはリナリーも同じだった。
両者共に一歩も引かない砲撃戦に突入している。
「はははっ! ここまでやるとは思っていなかったぞ!! 本当に素晴らしいな、リナリー・エヴァンス!!」
ハートにあるのは感嘆だ。よもやここまでやるとは。これで独学というのならば、ちゃんとした教師の下で教育を受ければどれだけの怪物になるというのか。ハートの興味は尽きない。
「気に入ったぞ! 私はお前が欲しい! この勝負、勝たせてもらうとしよう!!」
ハートの勝利宣言と同時に、リナリーも次の一手に出た。魔法球による砲撃戦を継続しつつ、リナリーが右手を天へと掲げる。
そして、口にする。
その魔法の名を。
「『業火の天――、」
ハートは耳を疑った。
まさか、と思った。
しかし、身体は勝手に動く。
「馬鹿者がっっっっ!!」
ルールなど思考の外。
地面を蹴り、一瞬でリナリーへと肉薄する。
「っ!?」
一歩でも動けば敗北。
そのルールから接近戦を想定していなかったが故に、リナリーは完全に意表を突かれた。
リナリーが気付いた時には、既にその腹へ掌底を叩きこまれていた。威力は最小限に抑えられていたものの、地面を2回3回とバウンドして転がっていく。反射で発現した防御魔法が威力を殺したものの、痛いものは痛い。身体中を走り抜ける激痛に、構成していた魔法が霧散する。リナリーの頭上へ収束していた膨大な魔力が、制御を失って弾け飛んだ。それによって生じた衝撃波を、ハートが咄嗟に展開した障壁魔法が防ぎ切る。
沈黙が訪れた。
「けほ」
その沈黙は、咳き込みながら上半身を起こしたリナリーによって破られる。
「……いきなり動くとか、卑怯」
「第一声がそれか、小娘。お前が今発現しようとしていた魔法が、ここで本当に猛威を振るっていればどうなっていたか。その魔法が使えるお前に分からないはずがあるまい」
指摘された内容に思い当たる節があったのか、リナリーはハートから視線を逸らした。それを見たハートが重いため息を吐く。
「リナリー・エヴァンス。お前の技量は素晴らしいの一言に尽きる。千の賛辞を贈ってもまだ足りないだろう。だが、周囲を巻き込む魔法を平然と選択するその姿勢は頂けないな」
「……ごめんなさい」
上半身を起こしたままの姿勢で、リナリーは素直に頭を下げた。過激な反論でも飛び出してくるか、と予想していたハートが目を丸くする。リナリーは気まずそうに、もう一度頭を下げた。
「初めてだったから……、あんなに打ち合えた人。だから、つい調子に乗ってしまった……。ごめんなさい」
なるほど、とハートは思った。
これだけの技量を持っている少女だ。この孤児院という場所に競い合える人間がいるわけがない。そんな人間が仮にいたとすれば、そいつはとうの昔に魔法学習院に籍を置いているだろう。学習院への入学を断り、頑なにここへ留まり続けた弊害ということだ。
「やはり、お前は学習院に行くべきだよ。リナリー・エヴァンス」
その言葉に、リナリーは下げていた顔を上げた。尻もちをついたまま、真っすぐな目でハートを見る。
「王立エルトクリア魔法学習院。この魔法世界エルトクリアにおいて、唯一存在する教育機関だ。この国にいる以上、強い奴も弱い奴も、お前の年代はみんなここへ集まってくる。中には、お前と競い合える奴だっているだろう」
ハートの言葉に「いや、いないんじゃね?」と小声で呟いた団員が、隣に立つ同僚に蹴り飛ばされた。咳払いをしたハートが仕切り直しを図る。
「そして、そこには大魔法を使ってもびくともしないような施設も充実している。こんな空き地のような場所では、お前ほどの魔法使いならば満足に魔法も発現できまい?」
図星だったのか、リナリーは視線を逸らした。
「お前の望む全てが学習院にはあるだろう。なぜ、そこまで学習院へ行くことを嫌う?」
ハートの問いに、リナリーは即答しなかった。あちらこちらへと視線を巡らせた挙句、口を尖らせながら答える。
「学校生活が嫌だから」
「は?」
「決められた時間割に則って動くのが嫌。やらされる勉強は嫌い。自分が好きな事だけを好きなだけやって暮らしていきたい」
「……清々しいまでの自由奔放さだな」
呆れ声でハートは言った。「これまでの拒絶の理由がこれだと知れたら、勧誘に来ていたお偉いさん方はどう思うのだろうか」という疑問を、ハートは慌てて打ち消す。
「まあ、ある程度は仕方があるまい。だが、そう悲観することもないぞ。学習院は徹底した実力主義だ。1年生であろうが12年生であろうが、強い者が偉い。特に学習院が定めたランキングで5位以内に入りさえすれば、卒業までのカリキュラムですら思いのままだ」
「……ランキング?」
ハートの吊るした餌に、リナリーが喰い付いた。
「そう。全院生のうち上位5名は、『|番号持ち《ナンバーズ》』と称され、様々な特権が与えられる。飛び級はもちろん、個人の研究室や高級魔法具の貸与、警戒地区ガルダーの特別見学権、それから……」
「あ、そこらへんはどうでもいいわ。カリキュラムを変更できるってことは、好きに魔法の練習とかしてて良いってこと? それに飛び級もあるってことは12年もいなくていいってことよね?」
「……どうでもいい、か。まあ、そうだな。しかし、だ。他国には『継続は力なり』という言葉があるという。勤勉は何よりも勝るということだな。『|番号持ち《ナンバーズ》』入りしたのを良い事に胡坐をかいていては、飛び級は愚か直ぐにまた……」
「入る」
ハートのありがたいお言葉をぶった切って、リナリーが端的に宣言した。
「は?」
あまりの展開の速さに、ハートの目が点になる。
「私、学習院に入る。で、サクッと『|番号持ち《ナンバーズ》』入りして1年で卒業する」
「はあああああああああああ!?」
己の立場を忘れ、ハートが大声を上げた。
「1年で卒業なんてできるわけがないだろう!! そもそも『|番号持ち《ナンバーズ》』にサクッとなれるわけが……」
そこまで言いかけてハートが止まった。
思ってしまったのだ。
こいつならサクッとなれちゃうかも、と。
「そうと決まれば、早速手続きね。院長! これまでお世話になりました! あと、学習院に入ろうと思うので、私の保護者になってください!」
ハートの心情を余所に、遠巻きに成り行きを見守っていた孤児院の院長の下へとリナリーが走っていく。その様子を呆けた調子で眺めていたハートの下へ、団員たちが集まってきた。
「あの……」
「皆まで言うな」
口を開きかけた団員を、先手を打って黙らせるハート。そして自らが呻くようにして呟く。
「……話の持っていく方向を間違えた。学習院では無く、騎士団に勧誘するべきだった」
騎士団に入団させていれば、何とでもなっただろう。最初の数年はどれだけ力があろうと見習いとして通せる。そして、徐々に徐々に位を上げてやれば良かった。
しかし、学習院は違う。先ほどハートが言った通り、例え学年が下であっても実力がある人間の方が偉いというのが学習院の暗黙の了解である。もちろん、世間一般の常識として年上の人間には敬意を払うべきなのは当然だが、ハートというこの国の最高戦力に数えられる魔法使いを相手に、あの態度をとるリナリーだ。そういう輩は一度ガツンとやられてしまった方が良い薬になるだろうが、そこはやはりあのリナリーである。むしろ苦言を呈してくる輩ごと粉砕して、瞬く間にトップに躍り出てしまうかもしれない。
そうなると、1年で卒業するという馬鹿げた話が真実となる可能性すらあるのだ。これまで均衡を保ってきた学習院内の序列を、再起不能なまでに滅茶苦茶にした上で。
「12年制のエルトクリア魔法学習院を1年で卒業とか前例無いですけど」
「知っている」
「陛下にどう報告するんですか?」
「ありのままを……」
最高戦力と謳われる魔法使いの目が死んでいた。
ハート様「勝負だ!」
リナリー「ばっちこい」
団員たち「ハラハラ」
※
魔法世界エルトクリア。
広大なアメリカの領地の一角にあるそれは、エルトクリア王が統治する魔法使いの国だ。正確に言えば、アメリカの領地であることに間違いはないのだが、通貨が違えば適用される法律も違う、挙句魔法世界エルトクリアとアメリカの行き来に専用の身分証明書も必要となれば、ほぼ独立した国と見てもいいかもしれない。ただ、使用されている言語は英語である。
周囲は厳重な防護結界で覆われており、魔法世界エルトクリアへの入国には正面玄関となるアオバと呼ばれる街を経由する必要がある。中には、計10を数える特色ある街並みが広がっており、自国全てを賄えるだけのライフラインが成立している。
その10ある街のうちの1つ。ひっそりと佇むとある孤児院の裏手にある空き地にて、20mほどの距離を空けて2人が対峙していた。
かたや、この国に8人しかいない最高戦力の一角、ハート。
かたや、この国のとある孤児院に身を寄せる今年17歳になった少女。
この文面だけ見るなら、どう考えても勝つのは前者だ。もはや弱い者いじめの域である。いや、虐待や処刑といったおどろおどろしい単語の方がしっくりくるかもしれない。
しかし。
そこに17歳の少女が『あのリナリー・エヴァンス』という事実が加わると、少々事情が変わってくる。
「ならば、最初は軽く行こうか」
相対する少女に向けてそう言ったハートは、自らの真上に1発の魔法球を発現した。詠唱工程を省略した高等技術、『無詠唱』という技法である。通常通り詠唱した上で発現した魔法よりも威力は劣るが、発現速度は比べるまでも無く最速。
ただ、この場でハートが『無詠唱』という技法で魔法を発現した真意とは、発現速度やら自らの技量の誇示やらではなく、威力を極力抑えようとする意味合いが強かった。いくら『孤児院に住む天才魔法少女』と謳われる少女が相手であったとしても、自分とは立場が違い過ぎるが故だ。
ただでさえ大人と子ども。そしてハートは最高戦力と呼ばれる存在。自分の魔法球1発で、少女が死んでしまう可能性すら考慮しておかなければならない。そうハートは肝に銘じた上で、魔法球をリナリーへと射出した。
そして。
ハートが打ち出した魔法球は、リナリーのもとへ届く前に消失した。
「……お?」
その光景に、思わずハートの口から間の抜けた声が漏れる。同じ魔法球で迎撃するわけでもなく、障壁魔法を展開することで防ぐわけでもなく、消失。
つまり、ハートが放った魔法球よりも、リナリーが纏う魔力の方が多かったために打ち消されてしまったということだ。
「なるほど。今の威力程度ではお話にならないということか」
ハートは笑いを噛み殺しながらそう呟く。確かに威力は抑えた。それも極限まで。それでも、自分よりも一回り以上若い少女に、ここまで簡単に打ち消されるとは思っていなかったのだ。
「小手調べにしても、これは無いんじゃないかしら」
「そうだな。すまなかった」
一回り以上若い少女に向けて、ハートは素直に謝罪した。
そして。
「ならば、もう少し威力を上げていこうかな」
ハートが両手を広げてそう告げる。
再び無詠唱による発現。ただ、先ほどのように威力を極限まで抑えたりはしない。
さらに。
「火属性だって!?」
2人を囲うようにして見守っていた魔法聖騎士団の団員が叫ぶ。団員が指摘した通り、ハートが発現した魔法球は、先ほどと違い炎の塊となって発現されていた。魔力には様々な属性を付加させることができるが、火属性はその中でも『攻撃特化』とされるほど、別格な強さを誇っている。
その火属性の魔法球が、5つ。
「さあ、どう凌いでくれる? 見せてくれ」
その言葉を合図に、ハートから火属性の魔法球5発が射出された。先ほどよりスピードも速い。オレンジ色の残像を残しながらリナリーの下へと殺到する魔法球。その光景を見ても、リナリーの表情に怯えは無かった。
一瞥し、軽く右手を向ける。動作はたったそれだけ。
リナリーの魔法が発現される。
「なんだって!?」
団員の誰かが驚きの声を上げた。
攻撃特化の火属性を纏った魔法球5発。それらが全て、リナリーが無詠唱で展開した魔法障壁によって阻まれて弾け飛んだのだ。
「まさか、攻撃特化の火属性を無詠唱の障壁で防ぐだと!?」
それも、この国の最高戦力と謳われる魔法使いの魔法球を、である。防がれた当の本人に動揺は無い。無論、自らがまだまだ本気とは程遠いレベルの魔法しか使っていないからだ。それでも、ここまで簡単に防がれることに多少の驚きはあった。
「素晴らしいな。リナリー・エヴァンス。17歳、独学にしてその技量。感嘆に値する」
「ありがと。けど、少し気が早いんじゃないかしら。まだ私の実力の底を見せた覚えは無いわよ」
ハートの賞賛に素っ気なく答えたリナリーが、ついに攻撃に移った。
ハートと同じく無詠唱。属性は付加されていない。
しかし。
彼女の背後に展開された魔法球の数は、50を超えていた。
「馬鹿なっ!? この数を……、無詠唱だと!?」
またもや団員の誰かが叫ぶ。並列で10発の魔法球を発現するだけでも十分にエリートといわれるこの世界で、この数は常軌を逸していた。しかも、その基準は詠唱をした上での話だ。さらに難易度が上がる無詠唱でこの状況を作り出したリナリー・エヴァンスは、もはや別格と言える存在だった。
団員たちは完全に理解した。
この少女は、既に自分たちでは届かない英雄と呼ばれる領域にいるのだと。
「いくわよ」
「あぁ、来い」
外野が勝手に盛り上がろうが、本人たちに興味は無い。ハートの答えを聞き、リナリーが魔法球の群れを一斉に射出した。それらは目にも留まらぬ速さでハートの下へと殺到する。
「ふっ」
ハートが両手を打ち鳴らした。
同時にハートの身体から勢いよく魔力が放出される。最初の1発目でリナリーが防いだのと原理は同じ。ハートは自らの周囲に魔力を放出することで、リナリーから放たれた魔法球の群れ全てを霧散させた。
その光景を見たリナリーが笑う。
「貴方、負けず嫌いなのね」
「負けん気が無ければこの立場は務まらないということだ」
軽口を叩き合いながら、お互いが無詠唱で新たな魔法球を発現する。両者共に、攻撃特化の火属性を付加させていた。もはやリナリーが無詠唱で火属性の魔法球を発現していても、ハートは驚かない。ニヤリと口角を歪めて言う。
「負けず嫌いならお前も負けていないのではないか?」
「別に。流石に攻撃特化を無属性の魔法球で捌き切れないと思っただけよ」
同時に射出。
両者の中間付近で衝突し合い、派手に火花を散らす。それを合図として、問答無用の打ち合いが始まった。これまでの片方が攻撃している間は片方が防御、といったターン制のような展開ではない。お互いがお互いの隙を突くようにして魔法球を発現し、相手へ放つ。そして、魔法球で撃ち落とし切れなかった流れ弾を障壁魔法で防ぐ。
もはや完全にギャラリーと化していた団員たちは、その光景に唖然とする他無かった。最高戦力と謳われる魔法使い相手に、一歩も引かない少女。当然、ハートは手加減をしている。しかし、それを差し引いたとしてもこの光景は信じ難いものだった。
「こちらに合わせているのかしら。詠唱しても構わないのよ」
「ほざけ。誰に向かって口を効いているんだこの小娘」
そして、当の本人たちは、打ち合いの最中にこうして軽口を叩き合う始末である。
リナリーの火属性を付加した魔法球の数が、更に一段階上がった。もはや一度に発現している量は100発近くにのぼるだろう。しかし、それでもハートの牙城は崩れない。的確に向かってくる魔法球を相殺し、流れ弾は障壁で処理していく。それはリナリーも同じだった。
両者共に一歩も引かない砲撃戦に突入している。
「はははっ! ここまでやるとは思っていなかったぞ!! 本当に素晴らしいな、リナリー・エヴァンス!!」
ハートにあるのは感嘆だ。よもやここまでやるとは。これで独学というのならば、ちゃんとした教師の下で教育を受ければどれだけの怪物になるというのか。ハートの興味は尽きない。
「気に入ったぞ! 私はお前が欲しい! この勝負、勝たせてもらうとしよう!!」
ハートの勝利宣言と同時に、リナリーも次の一手に出た。魔法球による砲撃戦を継続しつつ、リナリーが右手を天へと掲げる。
そして、口にする。
その魔法の名を。
「『業火の天――、」
ハートは耳を疑った。
まさか、と思った。
しかし、身体は勝手に動く。
「馬鹿者がっっっっ!!」
ルールなど思考の外。
地面を蹴り、一瞬でリナリーへと肉薄する。
「っ!?」
一歩でも動けば敗北。
そのルールから接近戦を想定していなかったが故に、リナリーは完全に意表を突かれた。
リナリーが気付いた時には、既にその腹へ掌底を叩きこまれていた。威力は最小限に抑えられていたものの、地面を2回3回とバウンドして転がっていく。反射で発現した防御魔法が威力を殺したものの、痛いものは痛い。身体中を走り抜ける激痛に、構成していた魔法が霧散する。リナリーの頭上へ収束していた膨大な魔力が、制御を失って弾け飛んだ。それによって生じた衝撃波を、ハートが咄嗟に展開した障壁魔法が防ぎ切る。
沈黙が訪れた。
「けほ」
その沈黙は、咳き込みながら上半身を起こしたリナリーによって破られる。
「……いきなり動くとか、卑怯」
「第一声がそれか、小娘。お前が今発現しようとしていた魔法が、ここで本当に猛威を振るっていればどうなっていたか。その魔法が使えるお前に分からないはずがあるまい」
指摘された内容に思い当たる節があったのか、リナリーはハートから視線を逸らした。それを見たハートが重いため息を吐く。
「リナリー・エヴァンス。お前の技量は素晴らしいの一言に尽きる。千の賛辞を贈ってもまだ足りないだろう。だが、周囲を巻き込む魔法を平然と選択するその姿勢は頂けないな」
「……ごめんなさい」
上半身を起こしたままの姿勢で、リナリーは素直に頭を下げた。過激な反論でも飛び出してくるか、と予想していたハートが目を丸くする。リナリーは気まずそうに、もう一度頭を下げた。
「初めてだったから……、あんなに打ち合えた人。だから、つい調子に乗ってしまった……。ごめんなさい」
なるほど、とハートは思った。
これだけの技量を持っている少女だ。この孤児院という場所に競い合える人間がいるわけがない。そんな人間が仮にいたとすれば、そいつはとうの昔に魔法学習院に籍を置いているだろう。学習院への入学を断り、頑なにここへ留まり続けた弊害ということだ。
「やはり、お前は学習院に行くべきだよ。リナリー・エヴァンス」
その言葉に、リナリーは下げていた顔を上げた。尻もちをついたまま、真っすぐな目でハートを見る。
「王立エルトクリア魔法学習院。この魔法世界エルトクリアにおいて、唯一存在する教育機関だ。この国にいる以上、強い奴も弱い奴も、お前の年代はみんなここへ集まってくる。中には、お前と競い合える奴だっているだろう」
ハートの言葉に「いや、いないんじゃね?」と小声で呟いた団員が、隣に立つ同僚に蹴り飛ばされた。咳払いをしたハートが仕切り直しを図る。
「そして、そこには大魔法を使ってもびくともしないような施設も充実している。こんな空き地のような場所では、お前ほどの魔法使いならば満足に魔法も発現できまい?」
図星だったのか、リナリーは視線を逸らした。
「お前の望む全てが学習院にはあるだろう。なぜ、そこまで学習院へ行くことを嫌う?」
ハートの問いに、リナリーは即答しなかった。あちらこちらへと視線を巡らせた挙句、口を尖らせながら答える。
「学校生活が嫌だから」
「は?」
「決められた時間割に則って動くのが嫌。やらされる勉強は嫌い。自分が好きな事だけを好きなだけやって暮らしていきたい」
「……清々しいまでの自由奔放さだな」
呆れ声でハートは言った。「これまでの拒絶の理由がこれだと知れたら、勧誘に来ていたお偉いさん方はどう思うのだろうか」という疑問を、ハートは慌てて打ち消す。
「まあ、ある程度は仕方があるまい。だが、そう悲観することもないぞ。学習院は徹底した実力主義だ。1年生であろうが12年生であろうが、強い者が偉い。特に学習院が定めたランキングで5位以内に入りさえすれば、卒業までのカリキュラムですら思いのままだ」
「……ランキング?」
ハートの吊るした餌に、リナリーが喰い付いた。
「そう。全院生のうち上位5名は、『|番号持ち《ナンバーズ》』と称され、様々な特権が与えられる。飛び級はもちろん、個人の研究室や高級魔法具の貸与、警戒地区ガルダーの特別見学権、それから……」
「あ、そこらへんはどうでもいいわ。カリキュラムを変更できるってことは、好きに魔法の練習とかしてて良いってこと? それに飛び級もあるってことは12年もいなくていいってことよね?」
「……どうでもいい、か。まあ、そうだな。しかし、だ。他国には『継続は力なり』という言葉があるという。勤勉は何よりも勝るということだな。『|番号持ち《ナンバーズ》』入りしたのを良い事に胡坐をかいていては、飛び級は愚か直ぐにまた……」
「入る」
ハートのありがたいお言葉をぶった切って、リナリーが端的に宣言した。
「は?」
あまりの展開の速さに、ハートの目が点になる。
「私、学習院に入る。で、サクッと『|番号持ち《ナンバーズ》』入りして1年で卒業する」
「はあああああああああああ!?」
己の立場を忘れ、ハートが大声を上げた。
「1年で卒業なんてできるわけがないだろう!! そもそも『|番号持ち《ナンバーズ》』にサクッとなれるわけが……」
そこまで言いかけてハートが止まった。
思ってしまったのだ。
こいつならサクッとなれちゃうかも、と。
「そうと決まれば、早速手続きね。院長! これまでお世話になりました! あと、学習院に入ろうと思うので、私の保護者になってください!」
ハートの心情を余所に、遠巻きに成り行きを見守っていた孤児院の院長の下へとリナリーが走っていく。その様子を呆けた調子で眺めていたハートの下へ、団員たちが集まってきた。
「あの……」
「皆まで言うな」
口を開きかけた団員を、先手を打って黙らせるハート。そして自らが呻くようにして呟く。
「……話の持っていく方向を間違えた。学習院では無く、騎士団に勧誘するべきだった」
騎士団に入団させていれば、何とでもなっただろう。最初の数年はどれだけ力があろうと見習いとして通せる。そして、徐々に徐々に位を上げてやれば良かった。
しかし、学習院は違う。先ほどハートが言った通り、例え学年が下であっても実力がある人間の方が偉いというのが学習院の暗黙の了解である。もちろん、世間一般の常識として年上の人間には敬意を払うべきなのは当然だが、ハートというこの国の最高戦力に数えられる魔法使いを相手に、あの態度をとるリナリーだ。そういう輩は一度ガツンとやられてしまった方が良い薬になるだろうが、そこはやはりあのリナリーである。むしろ苦言を呈してくる輩ごと粉砕して、瞬く間にトップに躍り出てしまうかもしれない。
そうなると、1年で卒業するという馬鹿げた話が真実となる可能性すらあるのだ。これまで均衡を保ってきた学習院内の序列を、再起不能なまでに滅茶苦茶にした上で。
「12年制のエルトクリア魔法学習院を1年で卒業とか前例無いですけど」
「知っている」
「陛下にどう報告するんですか?」
「ありのままを……」
最高戦力と謳われる魔法使いの目が死んでいた。
アンケート結果は0時以降に発表します。
テレポーター
こんばんは。
5周年記念アンケートにご協力頂きましてありがとうございます。
正直、想像をはるかに超える票数が入って驚いてます。皆さま、本当にどうもありがとう。
そして、謎の記事への感想もありがとうございます。拍手数が三桁とか初めて見ました。1日で貰える拍手数のランキングで2位(忍者ブログにおける)に輝いたりする日があるなど、反響にびっくり。
いやぁ、流石はリナリーさんだなぁ。
今後、どこかのタイミングで謎の記事の内容は全体公開するかもしれませんが、ご了承ください。
アンケート結果は0時以降に発表します。
詳細は小説家になろう様にあるわたくしのマイページ『活動報告』にて。
記念ssもお楽しみに。
5周年記念アンケートにご協力頂きましてありがとうございます。
正直、想像をはるかに超える票数が入って驚いてます。皆さま、本当にどうもありがとう。
そして、謎の記事への感想もありがとうございます。拍手数が三桁とか初めて見ました。1日で貰える拍手数のランキングで2位(忍者ブログにおける)に輝いたりする日があるなど、反響にびっくり。
いやぁ、流石はリナリーさんだなぁ。
今後、どこかのタイミングで謎の記事の内容は全体公開するかもしれませんが、ご了承ください。
アンケート結果は0時以降に発表します。
詳細は小説家になろう様にあるわたくしのマイページ『活動報告』にて。
記念ssもお楽しみに。
リナリーss第1話
テレポーター
※
後に世界最強と謳われ、その名を知らぬ者などいないほどの魔法使いになる者にだって、無名の時期は存在する。なぜなら、その事実はあくまで『後に』なのだから。
つまり。
後に世界最強と謳われ、その名を知らぬ者などいないほどの魔法使いとなるリナリー・エヴァンスにだって、その時期はあったのである。もっとも、その時期は思いの外短かったと言わざるを得ないかもしれないが。
※
金髪碧眼。
人形のような少女だった。
幼少期は孤児院で過ごした。親が生きているのか死んでいるのかも、リナリーは知らなかった。物心がついた頃には既にいなかったし、孤児院の施設内が彼女にとっての全てだった。
魔法が当たり前のように存在する世界ではあるが、皆が魔法を使えるわけではない。幸いにして、リナリーにはその才能があったらしく、孤児院で働いていた魔法が使える大人のもとへ足を運んでは、熱心に魔法を練習することに集中した。
新しい魔法が使えるようになると褒められた。だからどんどん魔法に磨きをかけて、どんどん新しい魔法を覚えていった。
誰かが言った。
『エルトクリア魔法学習院で主席魔法使いを狙えるんじゃないか?』
エルトクリア魔法学習院とは、リナリーの住む孤児院がある国で唯一の教育機関だ。10歳から入学を許される12年制の学校で、この学校を卒業することが、世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
対して、まもなく10歳を迎える少女リナリーはこう答えた。
『んー。きょうみない』
その言葉通り、リナリーはエルトクリア魔法学習院に入学せず、そのまま孤児院に居座り続けた。周囲の大人たちがどれだけ言って聞かせても、リナリーは首を縦に振ろうとはせず、孤児院内で貪欲に魔法を学び続けた。
誰かが言った。
『この子は天才なんじゃないか?』
リナリーはこう答えた。
『そうかも』
自意識過剰にも程がある発言だったが、誰もがそれを笑うことができなかった。なぜなら、リナリーは大学課程で学ぶ魔法を15歳で我がものとし、魔法の発現に必要となる呪文詠唱を省略したり、そもそも詠唱すらしないで発現するといった高等技術すら身につけていたのだから。
この頃には、たびたび学習院のお偉いさんが来ては熱心にリナリーを学習院へ勧誘するようになっていた。しかし、リナリーは首を縦には振らず、孤児院から頑なに出ようとはしなかった。
誰かが言った。
『魔法を極めたいのなら、学習院は素晴らしい場所だと思うんだけどねぇ』
リナリーはこう答えた。
『そんなところへ行かなくても、魔法は極められる』
そして、更に2年の月日が経過したある日。
リナリーが17歳になった年。
彼女に、人生の最大の転機が訪れる。
※
その日も、孤児院の裏手にある空き地で、リナリーは日課となっていた魔法の調整をしていた。
「……これは凄いな」
攻撃魔法の1つである魔法球を周囲に展開させて発現効率の向上を図っていたリナリーは、背中越しに掛けられた声に、腰まで届く流れるような金髪をなびかせながら振り向いた。
「……誰」
「ん? これは失礼。私はエルトクリア王家に仕える護衛団員の者だ。『ハート』の称号を預かっている」
リナリーに負けず劣らずな金髪美女は、優雅に一礼してそう言った。
エルトクリア。それは、リナリーのいる国を統治する王族の名だ。そして金髪美女が口にした「『ハート』の称号を預かっている」という言葉。それは、王族守護の使命を帯びる8人に贈られる称号の1つ。最高戦力と謳われる『トランプ』の一角であることを意味していた。
「ふぅん」
対して、リナリーの反応は実に淡白なものだった。本来なら、その無礼な態度に叱責の声が飛んでもおかしくはないのだが、生憎とハートと名乗った金髪美女の後ろに控える者たちはそれどころではなかった。それだけ、彼らの目の前で起こっている現象が信じられなかったのである。
少女・リナリーの周囲には、魔法球の群れが展開されている。攻撃の指示を受けていないそれらは、リナリーの周囲を囲うようにして停滞したままだ。ただ、魔法球を発現して停滞させるだけならば彼らもここまで動揺しなかっただろう。彼らも魔法を使う者、その中でもエリートと呼ばれる者たちだ。
問題なのは、その量である。
リナリーの周囲に展開されている魔法球は、100発を軽く超えていた。
彼らはその半分だって維持できないだろう。いや、10発できるだけでも十分にエリートと言っても良いこの世界で、目の前の少女は100発を軽く超えるだけの魔法球を展開し、それを維持し続けているのだ。そして、その信じられない光景を17歳の少女が実現しているという現実。
「くくっ、『孤児院に住む天才魔法少女』の異名は伊達では無かったということだ。なあ?」
ハートに振られた男が、ぎこちなく頷いている。
「信じられません」
「これほどの逸材が、こんなところで埋もれているとは……」
ハートの後ろに控える男たちは、次々にそう口にした。
その様子を黙って見据えていたリナリーは、ため息を吐いて指を鳴らした。瞬間、リナリーの周囲に展開されていた魔法球の群れが音も無く消失する。ざわめく男たちを冷めた視線で観察しつつ、リナリーはハートと名乗った金髪美女に問う。
「で。何の用」
「き、君。口の利き方を――」
「良い」
ようやく我を取り戻した控えの1人が注意しようとしたところを、ハートが制した。
「部下が失礼した。彼らは『エルトクリア魔法聖騎士団』の団員だ」
「護衛の護衛ってこと? 国税の無駄遣いね」
リナリーの言葉に再び反応した男を、ハートが手で制する。
「リナリー・エヴァンス。風の噂で聞いたのだが、魔法学習院への入学を断り続けているとか?」
「前置きはいらないわ。時間の無駄だから。本題に入ってくれないかしら」
「くくっ、いいな。私に対してここまで物怖じしない者も珍しい」
年上に対して向ける発言では無かったが、ハートは逆に好感を覚えたらしい。
「魔法聖騎士団への勧誘に来た。この国の治安維持に貢献する気はないか?」
「無い」
即答だった。
「ふむ。本来、なりたくても簡単になれる地位ではない。誉れある一団なのだがな。君の実力ならば、いずれ我々『トランプ』の一席も狙えると思うのだが」
「興味が無い」
またしても即答。
「君のような才能に溢れる子を遊ばせておくほど、この国にも余裕があるわけではないのだが」
「関係ない。そもそも、私はこの国の為に生きているわけではない」
取り付く島もないとはまさにこのこと。ハートは苦笑しながら後ろで控える者たちを再度手で制した。
「ふむ。ならば、この私と一勝負しないか?」
その言葉に、リナリーは眉を吊り上げる。
「勝負?」
「そう、勝負だ。もし私が勝てば、君にはエルトクリア魔法学習院に入学してもらう」
「魔法聖騎士団への入団じゃなくて?」
「やる気の無い者を迎え入れられる程、敷居の低いものではない」
ぴしゃりとそう言い切ったハートに、リナリーは僅かに目を見開いた。「じゃあ魔法学習院は敷居が低いのか」と皮肉ってやろうかと思ったものの、時間の無駄だと思い直して別の言葉を口にする。
「で、それを受けるメリットが私にあるの?」
「うむ。もしも君が勝てば、今後君が望まない勧誘の話は全て私が遮断してやろう。『トランプ』の権力を使えば、その程度は容易い。煩わしい思いをしなくて済むようになるぞ?」
「ちょっ!? そんなことを勝手に決めてよろしいのですか!?」
ハートが出した提案に真っ先に食い付いたのは、ハートの後ろに控える魔法聖騎士団の面々だった。しかし、ハートはそちらへ視線すら向けずに答える。
「この一件に関して、私は陛下から全権を委任されている。私の判断が絶対だ。文句はあるか?」
その凍てついた声色に魔法聖騎士団の面々が沈黙した。その光景をしげしげと眺めていたリナリーが決断する。
「いいわよ。勝負の内容は?」
最高戦力と謳われる自分を相手に、軽い調子で勝負を受けるリナリー。その様子にますます好感を抱いたハートが言う。
「魔法球の打ち合いでもやるか。ただ、対等な条件での勝負はフェアではないな。お前が魔力切れでダウンする前に、私をこの場から一歩でも動かすことができたらお前の勝ち。どうだ?」
ハートはそう提案しながら、リナリーがどのような反応を示すかに興味を抱いていた。
普通なら、ハートは彼女の後ろに控える魔法聖騎士団の面々が相手だったとしても、その程度ではハンデにすらならない。それだけ『トランプ』に所属する魔法使いとは別格の存在なのだ。
しかし、リナリーの反応はハートの想像の斜め上を突き抜けていた。
「ハンデはいらない。それじゃ、魔法球を打ち合って一歩でも動いた方が負けってことで」
「はっ!?」
動揺の声を上げたのは魔法聖騎士団の面々だ。その反応の全てを無視し、リナリーが後退してハートとの距離を空ける。おおよそ20mほど離れた所で足を止めた。
「これくらいでいい?」
「構わないが……、本当に条件はそれでいいのか?」
ハートからしてみれば、この展開は予想していなかった。リナリーが自分からどれだけ有利な条件をもぎ取れるのか、その手腕に期待していたのだが、完全な肩透かしにあった気分である。
「もちろん。ハンデ貰って戦っても面白くないし。それとも……」
リナリーは、この日初めて好戦的な笑みを浮かべて言った。
「負けた時の言い訳が必要だった?」
静寂。
やや離れた所から様子を窺っていた孤児院の職員はおろか、手練れ揃いの魔法聖騎士団の面々すらも絶句する中、あからさまな挑発を受けたハートだけが獰猛な笑みを浮かべる。
そして言った。
「面白い。リナリー・エヴァンス。君は本当に面白い」
※
後にその名を世界に轟かせることになるリナリー・エヴァンス。
彼女の伝説は、まさにここから始まった。
後に世界最強と謳われ、その名を知らぬ者などいないほどの魔法使いになる者にだって、無名の時期は存在する。なぜなら、その事実はあくまで『後に』なのだから。
つまり。
後に世界最強と謳われ、その名を知らぬ者などいないほどの魔法使いとなるリナリー・エヴァンスにだって、その時期はあったのである。もっとも、その時期は思いの外短かったと言わざるを得ないかもしれないが。
※
金髪碧眼。
人形のような少女だった。
幼少期は孤児院で過ごした。親が生きているのか死んでいるのかも、リナリーは知らなかった。物心がついた頃には既にいなかったし、孤児院の施設内が彼女にとっての全てだった。
魔法が当たり前のように存在する世界ではあるが、皆が魔法を使えるわけではない。幸いにして、リナリーにはその才能があったらしく、孤児院で働いていた魔法が使える大人のもとへ足を運んでは、熱心に魔法を練習することに集中した。
新しい魔法が使えるようになると褒められた。だからどんどん魔法に磨きをかけて、どんどん新しい魔法を覚えていった。
誰かが言った。
『エルトクリア魔法学習院で主席魔法使いを狙えるんじゃないか?』
エルトクリア魔法学習院とは、リナリーの住む孤児院がある国で唯一の教育機関だ。10歳から入学を許される12年制の学校で、この学校を卒業することが、世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。
対して、まもなく10歳を迎える少女リナリーはこう答えた。
『んー。きょうみない』
その言葉通り、リナリーはエルトクリア魔法学習院に入学せず、そのまま孤児院に居座り続けた。周囲の大人たちがどれだけ言って聞かせても、リナリーは首を縦に振ろうとはせず、孤児院内で貪欲に魔法を学び続けた。
誰かが言った。
『この子は天才なんじゃないか?』
リナリーはこう答えた。
『そうかも』
自意識過剰にも程がある発言だったが、誰もがそれを笑うことができなかった。なぜなら、リナリーは大学課程で学ぶ魔法を15歳で我がものとし、魔法の発現に必要となる呪文詠唱を省略したり、そもそも詠唱すらしないで発現するといった高等技術すら身につけていたのだから。
この頃には、たびたび学習院のお偉いさんが来ては熱心にリナリーを学習院へ勧誘するようになっていた。しかし、リナリーは首を縦には振らず、孤児院から頑なに出ようとはしなかった。
誰かが言った。
『魔法を極めたいのなら、学習院は素晴らしい場所だと思うんだけどねぇ』
リナリーはこう答えた。
『そんなところへ行かなくても、魔法は極められる』
そして、更に2年の月日が経過したある日。
リナリーが17歳になった年。
彼女に、人生の最大の転機が訪れる。
※
その日も、孤児院の裏手にある空き地で、リナリーは日課となっていた魔法の調整をしていた。
「……これは凄いな」
攻撃魔法の1つである魔法球を周囲に展開させて発現効率の向上を図っていたリナリーは、背中越しに掛けられた声に、腰まで届く流れるような金髪をなびかせながら振り向いた。
「……誰」
「ん? これは失礼。私はエルトクリア王家に仕える護衛団員の者だ。『ハート』の称号を預かっている」
リナリーに負けず劣らずな金髪美女は、優雅に一礼してそう言った。
エルトクリア。それは、リナリーのいる国を統治する王族の名だ。そして金髪美女が口にした「『ハート』の称号を預かっている」という言葉。それは、王族守護の使命を帯びる8人に贈られる称号の1つ。最高戦力と謳われる『トランプ』の一角であることを意味していた。
「ふぅん」
対して、リナリーの反応は実に淡白なものだった。本来なら、その無礼な態度に叱責の声が飛んでもおかしくはないのだが、生憎とハートと名乗った金髪美女の後ろに控える者たちはそれどころではなかった。それだけ、彼らの目の前で起こっている現象が信じられなかったのである。
少女・リナリーの周囲には、魔法球の群れが展開されている。攻撃の指示を受けていないそれらは、リナリーの周囲を囲うようにして停滞したままだ。ただ、魔法球を発現して停滞させるだけならば彼らもここまで動揺しなかっただろう。彼らも魔法を使う者、その中でもエリートと呼ばれる者たちだ。
問題なのは、その量である。
リナリーの周囲に展開されている魔法球は、100発を軽く超えていた。
彼らはその半分だって維持できないだろう。いや、10発できるだけでも十分にエリートと言っても良いこの世界で、目の前の少女は100発を軽く超えるだけの魔法球を展開し、それを維持し続けているのだ。そして、その信じられない光景を17歳の少女が実現しているという現実。
「くくっ、『孤児院に住む天才魔法少女』の異名は伊達では無かったということだ。なあ?」
ハートに振られた男が、ぎこちなく頷いている。
「信じられません」
「これほどの逸材が、こんなところで埋もれているとは……」
ハートの後ろに控える男たちは、次々にそう口にした。
その様子を黙って見据えていたリナリーは、ため息を吐いて指を鳴らした。瞬間、リナリーの周囲に展開されていた魔法球の群れが音も無く消失する。ざわめく男たちを冷めた視線で観察しつつ、リナリーはハートと名乗った金髪美女に問う。
「で。何の用」
「き、君。口の利き方を――」
「良い」
ようやく我を取り戻した控えの1人が注意しようとしたところを、ハートが制した。
「部下が失礼した。彼らは『エルトクリア魔法聖騎士団』の団員だ」
「護衛の護衛ってこと? 国税の無駄遣いね」
リナリーの言葉に再び反応した男を、ハートが手で制する。
「リナリー・エヴァンス。風の噂で聞いたのだが、魔法学習院への入学を断り続けているとか?」
「前置きはいらないわ。時間の無駄だから。本題に入ってくれないかしら」
「くくっ、いいな。私に対してここまで物怖じしない者も珍しい」
年上に対して向ける発言では無かったが、ハートは逆に好感を覚えたらしい。
「魔法聖騎士団への勧誘に来た。この国の治安維持に貢献する気はないか?」
「無い」
即答だった。
「ふむ。本来、なりたくても簡単になれる地位ではない。誉れある一団なのだがな。君の実力ならば、いずれ我々『トランプ』の一席も狙えると思うのだが」
「興味が無い」
またしても即答。
「君のような才能に溢れる子を遊ばせておくほど、この国にも余裕があるわけではないのだが」
「関係ない。そもそも、私はこの国の為に生きているわけではない」
取り付く島もないとはまさにこのこと。ハートは苦笑しながら後ろで控える者たちを再度手で制した。
「ふむ。ならば、この私と一勝負しないか?」
その言葉に、リナリーは眉を吊り上げる。
「勝負?」
「そう、勝負だ。もし私が勝てば、君にはエルトクリア魔法学習院に入学してもらう」
「魔法聖騎士団への入団じゃなくて?」
「やる気の無い者を迎え入れられる程、敷居の低いものではない」
ぴしゃりとそう言い切ったハートに、リナリーは僅かに目を見開いた。「じゃあ魔法学習院は敷居が低いのか」と皮肉ってやろうかと思ったものの、時間の無駄だと思い直して別の言葉を口にする。
「で、それを受けるメリットが私にあるの?」
「うむ。もしも君が勝てば、今後君が望まない勧誘の話は全て私が遮断してやろう。『トランプ』の権力を使えば、その程度は容易い。煩わしい思いをしなくて済むようになるぞ?」
「ちょっ!? そんなことを勝手に決めてよろしいのですか!?」
ハートが出した提案に真っ先に食い付いたのは、ハートの後ろに控える魔法聖騎士団の面々だった。しかし、ハートはそちらへ視線すら向けずに答える。
「この一件に関して、私は陛下から全権を委任されている。私の判断が絶対だ。文句はあるか?」
その凍てついた声色に魔法聖騎士団の面々が沈黙した。その光景をしげしげと眺めていたリナリーが決断する。
「いいわよ。勝負の内容は?」
最高戦力と謳われる自分を相手に、軽い調子で勝負を受けるリナリー。その様子にますます好感を抱いたハートが言う。
「魔法球の打ち合いでもやるか。ただ、対等な条件での勝負はフェアではないな。お前が魔力切れでダウンする前に、私をこの場から一歩でも動かすことができたらお前の勝ち。どうだ?」
ハートはそう提案しながら、リナリーがどのような反応を示すかに興味を抱いていた。
普通なら、ハートは彼女の後ろに控える魔法聖騎士団の面々が相手だったとしても、その程度ではハンデにすらならない。それだけ『トランプ』に所属する魔法使いとは別格の存在なのだ。
しかし、リナリーの反応はハートの想像の斜め上を突き抜けていた。
「ハンデはいらない。それじゃ、魔法球を打ち合って一歩でも動いた方が負けってことで」
「はっ!?」
動揺の声を上げたのは魔法聖騎士団の面々だ。その反応の全てを無視し、リナリーが後退してハートとの距離を空ける。おおよそ20mほど離れた所で足を止めた。
「これくらいでいい?」
「構わないが……、本当に条件はそれでいいのか?」
ハートからしてみれば、この展開は予想していなかった。リナリーが自分からどれだけ有利な条件をもぎ取れるのか、その手腕に期待していたのだが、完全な肩透かしにあった気分である。
「もちろん。ハンデ貰って戦っても面白くないし。それとも……」
リナリーは、この日初めて好戦的な笑みを浮かべて言った。
「負けた時の言い訳が必要だった?」
静寂。
やや離れた所から様子を窺っていた孤児院の職員はおろか、手練れ揃いの魔法聖騎士団の面々すらも絶句する中、あからさまな挑発を受けたハートだけが獰猛な笑みを浮かべる。
そして言った。
「面白い。リナリー・エヴァンス。君は本当に面白い」
※
後にその名を世界に轟かせることになるリナリー・エヴァンス。
彼女の伝説は、まさにここから始まった。
ふと思い浮かんだネタ(超短いうえに未完成)
テレポーターこんばんは。
ssへの拍手やコメントありがとうございます。
久しぶりにブログ開いてみれば、見たことも無い数の拍手がポチりとされており、びっくりしました。ありがとうございます。
以前公開したバレンタインssは、本日『テレポーター』本編でも公開しましたので、お暇なときにでもぜひ。内容は変えていませんが、活動報告やツイッターで公開していた別のssも一緒に公開したので、いちいち色々なページに飛ばなくて良くなりましたよ! あと、エマちゃんssの後書きに時系列も載せておきました。
ここから下は、ふと思い浮かんだネタをちょこっと。そのうち前後に文章を足してちゃんとした話を作るかもしれませんし、このままかもしれません(笑)
☆
くいくいっと袖を引かれた。
「お兄様、構ってください」
「んん? 栞、そりゃどういう意味……、あぁ……。そういえば、帰りがけに美味そうなアイスクリーム屋を見つけたんだ」
「アイスクリーム……」
俺の袖を掴んだまま繰り返す栞。そんな様子を愛でながら聞く。
「一緒に行くか?」
「は、はいっ!!」
「あー! 栞ちゃんだけ奢ってもらうなんてずるーい!! 私も私もー!!」
笑顔で答える栞の後ろから、身を乗り出すようにしてまりもが割り込んできた。
「っ! っ! っ!」
ヴェラも『ばにら。ごち。』と書かれたクロッキー帳を両手で上下させてアピールしている。『ごち』とか。なんでそういう日本語から覚えるんだよ。
ルーナはルーナでホリウミーの葉を磨り潰していた道具を片付け始めていた。みんな思い思いにくつろいでいたはずなのに、いつの間にやら慌ただしく出かける準備を始めている。
「……仕方ないな」
本当なら、俺と栞で行ってみんなの分も買って来てやろうと思っていたのだが、これなら全員で冷やかしに行った方が良さそうだ。
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