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「小説家になろう」様にて細々と活動しております、SoLaのブログです。

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リナリーss第6話


☆僅か一行でまとまる、これまでのお話☆

アベリィ「番号持ちはゴミ!」







 朝7時。
 けたたましいアラームの音が室内に鳴り響く。

 二段ベッドの上で寝ていたリナリーが、ゆっくりと目を開いた。

「……知らない天井ね」

 見覚えの無い風景に、思わずそう呟く。何やら身体が重いなと見てみれば、昨日寝る直前まで読んでいた学習院の教科書が、開かれた状態で自らの胸元に乗っていた。どうやら寝落ちしてしまったらしい。

 折れてしまったページを直しつつ、ゆっくりと上半身を起こす。リナリーの綺麗な金髪が、僅かに天井に擦れた。

「……ん」

 固まってしまった身体を解しながら、あくびを1つ。そして、いつの間にか鳴り止んだ目覚まし時計と「これでよし」という誰かの謎の独り言に興味を持ち、二段ベッドの下段へと目を向けた。

 そこには、目覚まし時計から電池を抜き取ったまま眠りについたルームメイトのアベリィがいた。

「いや、よしじゃないでしょう……」

 本日、リナリーの学習院デビューである。







 12年制の王立エルトクリア魔法学習院は、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科の2つに分かれて勉強することになるが、その比率は5対5ではない。9対1でも若干盛ってるかな、というくらいには契約詠唱科の人数は少ないのである。

 なので、リナリーのクラスメイトと言えば、ルームメイトであるアベリィに加えて……。

「アベリィにリナリー、おはよー」

「おはようです」

 寮塔の共同スペースである談話ルームで落ち合ったレベッカとナンシーで全員になる。つまり、今年度、契約詠唱科を志望したのはリナリーを除いて3人だけだったということだ。

「今日は午後から冬になるかもしれないってさ。ちゃんとローブ持った?」

「ええ、ご心配なく」

 リナリーは談話スペースのソファに掛けていた学習院指定のローブを指さした。

 魔法世界エルトクリアでは、他の国よりも高濃度の魔力が発生・停滞しているが故か、天気どころか季節すらも滅茶苦茶に到来する。今朝の天気予報士曰く、本日の天気は『春のち冬、晴れ時々曇り』である。

 白のワイシャツに赤のチェックが入ったスカート、そして胸元に校章が入った黒のブレザー。片手に学生鞄と焦げ茶色のローブ。これが本日の登校スタイルであった。

 寮塔にある食堂で軽めの朝食を済ませ、穏やかな日差しを浴びつつ、寮塔から契約詠唱科の塔へと移動する。本来の始業時間は9時だが、リナリーは初日と言うこともあり早めに出てきていた。もちろん、早めに出てくる事で噂の新入生への注目を集めないようにする、という狙いもある。



 そしてもちろん。
 そんな気休めのような対策は無駄だった。



「お前がリナリー・エヴァンスか」

 契約詠唱科の塔の門前で、1人の男が仁王立ちで待ち構えていたのである。

 リナリーたちの進路を妨害したのはその男1人だが、その場にいたのはその男だけではない。リナリーやその男を遠巻きに眺めるようにして人だかりができつつある。リナリーを見たギャラリーは男女問わず「あれが噂の転入生か」「可愛い」「教師再起不能にしたってマジ?」「彼氏いるのかな」「お人形さんみたい」など言いたい放題である。

「……貴方は?」

 ギャラリーの声など意識の外。
 目上の先輩に見える男に対しても物怖じ1つせず、リナリーは耳にかかった髪を掻き揚げながら問う。

「『|5番手《フィフス》』のオリバーだ。これ以上の紹介が必要か?」

「……やば」

 リナリーの後ろで、レベッカが小さい声でぼそっと呟いた。このタイミング、そして初対面であるリナリーの前にこの態度で登場した理由など、昨日の一件以外にあり得ない。

「聞いたぜ、新顔。『|番号持ち《ナンバーズ》』入りを目指してクロエに喧嘩売ったって?」

「売ってません」

「あ?」

 ここで否定されるとは思っていなかったのか、オリバーがフリーズする。そんな反応を見つつ、リナリーはこう続けた。

「ただ、クロエ先輩の持つエンブレムを奪う方法を聞いただけです」

「それを喧嘩売ったって言うんだよ!!」

 まったくもってオリバーの言う通りである。
 様子見のギャラリーはおろか、リナリーの連れである3人もそう思ったに違いない。

「ふっ……、ふふふ。随分と煽ってくれるじゃねーか、新顔。この学習院で長生きしたけりゃ、自分より強い奴には服従するべきだぞ」

 威圧するように口にするオリバーに、リナリーは怯えるどころか首を傾げた。

「年功序列ではなく?」

「あ? 聞いてないのか? この学習院じゃ力が全てだ。『|番号持ち《ナンバーズ》』と番外ってのは天と地ほどの差があるのさ」

「ふぅん。そうですか。それで用件を聞いても?」

「ちょ、ちょっとリナリーさんっ」

 淡々と会話を進めるリナリーに肝を冷やしたのか。
 後ろからアベリィが止めに入ろうとするが、それをリナリーは手で制した。

「ご存知でしょうが、私は今日が登校初日なんです。余計な時間を費やしたくありません。有体に言って、邪魔です」

「おぉおぉおぉいぃいぃいぃ……」

 着飾らないドストレートな発言に、レベッカは綺麗なヴィブラードを刻んだ呻き声を上げる。アベリィもナンシーも、ついでに言えばギャラリーの反応も似たようなものだった。

「やっぱり、ガツンとやってやる必要があるみたいだな」

 頬をひくつかせながら、オリバーが言う。
 リナリーが端正な眉を吊り上げた。

「それはどういう意味でしょう」

「お灸を据えてやるって言ったんだ。面貸せ」

 契約詠唱科の塔ではなく、学習院の運動場がある方角へとオリバーが親指を向ける。エルトクリア学習院の上位5名に入る絶対者、『|番号持ち《ナンバーズ》』からの宣戦布告。
 身の程を弁えた普通の学習院生ならば裸足で逃げ出すようなシチュエーションだが――。

「それって、私と決闘してくれるってこと?」

 宣戦布告を叩きつけられたのは、残念ながらこのリナリー・エヴァンスである。
 当然、反応は嬉々としたものだ。

「してくれる、だぁ? 随分と面白い言い回しだな。その通り。決闘してやるってことだ」

 青筋立てて頷くオリバーに、リナリーは同性さえも見惚れてしまうほどの妖艶な笑みを浮かべた。

「なるほど、なるほど」

「リ、リナリー、さん?」

 恐る恐る声を掛けてくるアベリィに荷物を預け、なぜか若干顔を赤らめたオリバーの先導で運動場へと向かうリナリー。



 そして。
 リナリーは、入学した初日の登校途中に『|5番手《フィフス》』のエンブレムを手に入れた。







「け、契約詠唱科8年、リナリー・エヴァンスが『|番号持ち《ナンバーズ》』入りしました。番号は5です」

「……は?」

 放課後である。

 この時間まで学習院外で仕事をしていた理事長であるアメリアは、ようやく自らの理事長室へと戻ってきていた。溜まっていた事務処理をこなしながらも不安要素は1つである。書類にハンコを押す手を止め、今日一日の様子でも聞かせてもらうかと呼び鈴を鳴らそうとしたところで、理事長室の扉が激しくノックされた。

 そして「お、お戻りになりましたか!」と慌てて話す教員から放たれた一言がこれである。これには流石のアメリアも平静を保つことができず、手にしていた書類を床一面にぶちまけた。

「……話についていけないのだけれど。何だって?」

「ですから! リナリー・エヴァンスが『|5番手《フィフス》』になったという話です!」

「……まさか、どうやって」

 教員の過半数から決闘の承認を得られたわけではないだろう。そうなると、思い当たる理由は1つしかない。

「登校途中に絡んできた元『|5番手《フィフス》』であるオリバー・ブラウンを文字通り一蹴した、と。目撃証言も多数あり、もはや疑いようがありません。彼は決闘を承諾して敗北しました」

「……」

 アメリアは思わず天を仰いだ。ようは、『|番号持ち《ナンバーズ》』の一角が自分から喧嘩を吹っ掛けて見事に玉砕したということだ。これがなんと入学した登校初日の出来事である。

「契約詠唱科から2人目が現『|番号持ち《ナンバーズ》』入りしたということで、契約詠唱科の塔は今でもお祭り騒ぎだそうで。止めるべきはずの教師陣も混じって今日1日はほとんど授業になりませんでした」

 当然そうなるだろう。
 そもそもの敷居の高さから契約詠唱科は呪文詠唱科に後れを取りやすい。どちらかというと研究肌の魔法使いが多く在籍する科である。実践でも呪文詠唱科に負けず劣らずの結果を出せているのは、今のところ最高学年にして『|2番手《セカンド》』の座にいるクロエ・フローレスくらいだ。

 普段肩身の狭い思いをしていた契約詠唱科の教師たちも同様だ。契約詠唱科は、卒業後に実戦で幅広く活躍する院生を輩出しにくい。アメリアとしては差別しているつもりはないが、契約詠唱科の教師陣たちが抱いていたコンプレックスを一瞬で払拭した起爆剤に興奮するなと言う方が無理な話だ。

 決闘の段階では、リナリーは契約詠唱を習得していない。ただ、この際それは関係無かった。「契約詠唱科に所属する院生が『|番号持ち《ナンバーズ》』入りした」という事実が大事なのだ。契約詠唱科の教師陣は、これから契約詠唱に意欲を見せるリナリーにあれやこれやとテコ入れしてくるだろう。想像を絶する怪物が出来上がるのは時間の問題だった。

 もはや秒読み、いやむしろ怪物自体は既に出来上がっている可能性すらある。もともと怪物としての基盤は出来上がっていたのだ。後はどれだけカスタマイズしていくのかという話である。そう考えると怪物を作り上げるというよりも、もともと怪物だったリナリー・エヴァンスを契約詠唱科の教師陣が魔改造し始めたと表現した方が的確なのかもしれない。

 アメリアは王族護衛『トランプ』のハートから言われた言葉を思い出していた。

『奴は学習院内の序列を再起不能なまでに壊滅させる可能性さえ秘めている。扱いには十分注意するように』

 何を馬鹿なことを、とアメリアは鼻で嗤った。
 あの時は。

「ク、クーリングオフって何日間有効だったかしら」

「お気を確かに! 理事長!」

 よろめくアメリアを教師が支える。

『|番号持ち《ナンバーズ》』。
 それは在籍者数2000名を超える王立エルトクリア魔法学習院、上位5名に与えられる栄誉。この学習院における絶対的存在。まれにあるエンブレムを賭けた決闘でも、学習院の教師陣の推薦が無いものなら『|番号持ち《ナンバーズ》』がいとも簡単に撃退するのが普通だった。それも当たり前で、それほどまでに『|番号持ち《ナンバーズ》』と番外の院生の差は歴然としている。

 そして、本当にごくまれにある交代劇だってエンブレムを手にするのはほぼ最高学年である12年生の院生だ。過去に数度11年生や10年生の院生がエンブレムを手にしたことはあったが、8年生がエンブレムを手にしたという話はそれこそ前代未聞である。

「……い、一度話を聞いてみる必要があるわね」

「そうした方がよろしいかと」

 将来『|番号持ち《ナンバーズ》』入りが有望視されている自分の娘、クランベリーだって自重しているのか決闘を申し込んだことは無かったはずだ。

 そんなことを思いながらも何とかアメリアが口にした言葉に、教師はカクカクと頷いた。

「リナリー・エヴァンスは今どうしていますか? 契約詠唱科の塔で祭りに?」

 アメリアは「主役なんだから祭りに参加どころかもはや祀られているかもな」などと思いながらも尋ねる。しかし、教師は首を横に振った。

「契約詠唱科の塔にいるのは間違いありませんが、リナリー・エヴァンスは祭りに参加していません」

「え?」

「今は契約詠唱習得のため、魔法具との契約を行っているかと」

「……あぁ、そう」

 契約は放課後、という話はきっちりと守っていたらしい。
 変なところで律儀である。

 しかし。

「それでは、契約詠唱科は主役不在でお祭り騒ぎだと?」

「そうなります」

 契約詠唱科に在学中の院生を始め、教師陣までもが率先してリナリーを祭りに参加させていたそうだが、放課後になるや否や、リナリーは担当教師を引っ張って契約できる魔法具が保管されている場所に閉じこもったらしい。

「……契約が終了したら、理事長室まで来るよう伝えてもらえるかしら」

「わ、分かりました」

 ふらつきながらも理事長室の椅子に腰かけたアメリアに一礼し、教師が来た時と同じように慌ただしく去っていく。

 初日。
 入学した初日である。
 いきなり『|番号持ち《ナンバーズ》』の一角が陥落した。
 しかもそれを成したのは『契約詠唱科』の『8年生』と来た。

 前代未聞である。
 今後、学習院において語り継がれる武勇伝の1つとなるのは間違いない。
 入学の初日である。
 繰り返すが、入学の初日である。

 既に契約詠唱科は丸1日機能しなかったという。
 リナリー・エヴァンスがこの学習院にもたらすであろう影響力を、アメリアはまだ甘く見ていたということだ。ハートからあれだけ念押しされて、更に本人と面接することでそれなりに警戒を強めていたにも拘わらず、だ。

 ただ、よくよく考えて見れば、リナリーは何も悪い事などしていない。エンブレムを手にしたのは『|番号持ち《ナンバーズ》』の承諾を受けた上での決闘だったようだし、今も遊び呆けているいるわけではなく、お祭り騒ぎの中1人担当教師と魔法具を用いて契約中だ。

 むしろ、学習院のルールを順守し上を目指す英才である。
 注意すべき事など1つもない。「もう少し大人しくできないのか」という言葉は口にするべきではないだろう。それは上昇志向のある院生のやる気を阻害する行為だ。

「……私、エヴァンスを呼んで何がしたいんだっけ」

 1人取り残されたアメリアはデスクの上で頭を抱えた。

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リナリーss第5話

☆三行でまとまる、これまでのお話☆

クロエ「出直してきてちょうだいね」ニッコリ
リナリー「さっさと番号を狩ろうと思っていたけど、腰抜けだらけだと面倒ね」フゥ
アベリィ「……」ナニイッテンノコノヒト







 女子寮へ通じる扉の前で学生証をもう一度かざし、リナリーはようやく女子寮へと足を踏み入れた。扉が閉まったことを確認し、かつクロエやその取り巻きもいないことを念入りに確認した後、アベリィが口を開いた。

「駄目じゃないですか、リナリーさん! いきなりあんな質問をするなんて!!」

「……あんな質問?」

 責められる心当たりの無かったリナリーが首を傾げる。

「寮長のエンブレムが欲しいってやつですよ!!」

「あぁ……」

 気の無い返事をするリナリーに、アベリィは頭を抱えた。

「リナリーさん。確かに貴方はこれまでに前例のない8年生からの、それも途中入学という特例づくしの存在です。私は貴方の魔法を見たわけではありませんが、入試の成績から相当な腕の持ち主であることも理解しているつもりです。おそらく、私ではまったく敵わないであろうことも」

 長細い廊下をまっすぐ進み、エレベーターのボタンを押しながらアベリィは言う。3機あるうちの1つがそれに応えて扉を開いた。2人揃って乗り込む。アベリィは8階のボタンを押した。エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと上昇を開始する。

「ですが、言わせてください。貴方はこの学習院における絶対的な『|番号持ち《ナンバーズ》』の存在を軽く見過ぎています」

 リナリーは今後の活動方針を決めるためにした質問、というだけの認識だったのだが、アベリィが自分のためを思って言ってくれていることは分かったので、大人しく頷いて続きを促した。

「この学習院に在籍する約2000人の院生の上位5名。学習院が指定する最低限の単位さえ納めてしまえば、あとは自由にカリキュラムを組める英才。個人の研究室を所有でき、研究費も学習院持ちで思いのまま。他にも特別待遇の特典がごろごろ。当然、それだけの待遇を受ける面々です。貴方が想像しているより一回りも二回りも強い存在だと理解してください」

「それは『トランプ』のハート並みに強いということ?」

「なんで比較対象がこの国の最高戦力なんですか!? そんなのに比べたらゴミですよ!! はっ!?」

 壮大な爆弾発言をかましたアベリィが真っ青になって口元を覆う。エレベーターの電子音が鳴って扉が開いた。エレベーターから降りながら、リナリーがにやりと笑う。

「つまり『|番号持ち《ナンバーズ》』はゴミ、と。なるほど理解したわ」

「そこだけピンポイントにピックアップするのやめてもらえます!?」

 続いて降りてきたアベリィが涙目で叫んだ。

「で、どっち?」

 それを意図的に無視したリナリーが、エレベーター正面に張られた部屋のナンバープレート表を見ながら問う。「……こっちです」とアベリィがどんよりした口調で歩き出した。

「先ほどのは寮長さんだったから許されたんですよ。血の気の多い『|5番手《フィフス》』とかだったら、そのまま決闘にもつれ込んでしまったかもしれないんですから」

「なるほど。その手があったわね」

「……何の話ですか?」

 等間隔で明かりが灯り、床には絨毯が敷かれている。そんなホテルのような細い廊下を歩きつつ、アベリィが質問した。

「ん? わざわざ実績なんて積まなくても、私の挑発に乗ってくれる『|番号持ち《ナンバーズ》』を襲えばいいのかなって」

「私の話聞いてました!? 『|番号持ち《ナンバーズ》』を甘く見ないでくださいって言ったばかりなんですけど!!」

 やがて、1つの扉の前で立ち止まる。ナンバープレートには『823』と書かれていた。

「ここが私たちの寮室になります」

「……ルームメイトは何人なのかしら」

 リナリーの質問に、アベリィが首を傾げる。

「私とリナリーさんの2人ですよ?」

「じゃあ、中にいるのはお友達?」

「……え?」

 アベリィは扉のロック解除を行わずにノブを捻った。彼女の予想に反して扉はすんなりと開く。

「不用心ね。いくら全寮制の学校とはいえ、寮室には鍵をかけてから出かけなさいな」

「す、すみません」

 新人であるリナリーへ頭を下げたアベリィが、恐縮しながら室内へと入った。その後にリナリーも続く。寮室はそこまで広いというわけではない。入ってすぐ右手にトイレと風呂場。その先に空間が広がっている。

 二段ベッドが右端に寄せて設置されており、それが空間の4分の1を占めていた。そして正反対の位置に並ぶ形で勉強机が2つ。机とベッドの間に丸テーブル。一番奥に窓を背にする形で小型テレビが置かれている。

 そして、その丸テーブルでくつろぐ2人の少女。

「……ベッキー、アン」

 その2人の名をアベリィが呼んだ。

「やっほ。お邪魔してるよ。ここで張ってれば間違いなく噂の新入生に会えると思ってたからさ」

「なら、部屋の外で待っていればいいじゃないですか。勝手に入っちゃだめですよ」

「勝手に入られたくないなら、ちゃんと鍵はするべきじゃない? ドジっ娘のアベリィちゃん」

「うぐっ!?」

 アベリィが何かに刺されたジェスチャーをした。カラカラと笑う少女が立ち上がってリナリーを見た。

「勝手にお邪魔してごめんな。アベリィの友達で、契約詠唱科の8年生のレベッカ・ウィルソン。ベッキーで良いよ。で、こっちのちっさいのが」

「ナンシー・クラークです。アンと呼んでくださいです。同じく契約詠唱科の8年生です。よろしくです」

 リナリーの身長も高いわけではないが、ナンシーと名乗った少女はそのリナリーの肩くらいまでしかなかった。レベッカはくせっ毛のプラチナブロンドの髪をショートに、ナンシーはくすんだ金髪を肩まで伸ばしている。

「リナリー・エヴァンスです。リナリー、と。よろしく」

 リナリーも軽く頭を下げた。

「じゃあ、軽くお茶会でも開きますかー」

 自己紹介が終わったところで、レベッカがそんなことを言い出す。そして勝手にテレビの下の戸棚を漁って準備を始めた。

「ここ、アベリィの部屋だったのよね? なぜベッキーが手慣れた手つきでティーパックの準備を始めているの?」

「アベリィは良く鍵を閉め忘れるので、ここがいつの間にか私たちのたまり場になっていたです。勝手知ったるなんとやら、です」

 ナンシーの説明を受け、リナリーは呆れた視線をアベリィに向ける。アベリィは顔を真っ赤してそっぽを向いた。リナリーの中でアベリィの評価が『おどおどした子』から『どじっ娘』に進化した。







「はぁぁぁぁぁ!? 入寮直後にクロエ寮長に喧嘩売ったぁぁぁぁぁ!?」

「……それはびっくりです」

 ティーパックで淹れた紅茶を丸テーブルに4つ用意し、ささやかなお茶会が開催された。話題の中心は、当然新参者であるリナリーとなる。そこでアベリィは、愚痴をぶちまけるかのように先ほどあった顛末を暴露していた。

「喧嘩を売ったとかご挨拶ね」

「いやいやいや、それは喧嘩を売ったってとられても仕方ないって」

 何やらご立腹なリナリーに、レベッカが苦笑する。

「どのような意図があったにせよ、気を付けるべきです。クロエ寮長は契約詠唱科の希望ですから」

「希望?」

 疑問符を浮かべるリナリーにナンシーが頷いた。

「現在の『|番号持ち《ナンバーズ》』に、契約詠唱科在籍者はクロエさんしかいないです」

「あら、そうなの?」

「そりゃそうだよ。契約詠唱に必要な魔法具を自前で用意できるお金なんて、普通は調達できないんだからさ。学習院が用意してくれるのはほとんどが基礎魔法のみ。それじゃこの学習院の上位5人になんて入れやしない。自前で強力な魔法が使える魔法具を用意できるお金があって、かつ魔法の才能もずば抜けている。そんな人間、そういやしないよ」

 レベッカはそう言い切ってからティーカップを傾ける。アベリィもレベッカの言い分に頷いた。

「ベッキーの言う通りです。魔法の才能、そして莫大な財産。どちらが欠けても契約魔法の使い手にはなれませんから」

「なるほど」

 だからこそ、契約詠唱方式よりも呪文詠唱方式の方が普及しているのだ。

「じゃあ、3人はどうして契約詠唱科に?」

 リナリーの質問に、3人の少女はお互いの顔を見合わせた。

「え? だってせっかく超高級な魔法具を無料で契約させてくれるって言うんだよ? 契約詠唱科の方がお得な感じがするじゃん」

 と、レベッカ。

「私はもともと魔法が得意ではありませんから、将来は実戦魔法使いではなく、研究職を目指そうと思っています。ですので、見聞を広める意味で」

 と、アベリィ。

「お金があったからです」

 そしてナンシーである。

「アンが一番不純な理由ね」

「ははは、だろ? こいつ、こう見えてお嬢様なんだよ」

 レベッカが笑いながら隣に座るナンシーの頭をぐしゃぐしゃにした。ナンシーは嫌そうな顔をしながらも、視線をリナリーに向ける。

「それで、リナリーはどういった理由なんです? 噂では、入学試験は呪文詠唱方式だったと伺っているです」

「お、それそれ。私もそれ気になってた」

「私も気になります」

 ナンシーの質問に、レベッカとアベリィも喰い付く。隠す必要もないので、リナリーは淡々と答えを口にした。

「見聞を広めたいから、という理由だから、アベリィが一番近いかもしれないわね」

「じゃあ、どこかのお嬢様だからとかではなく?」

「私、孤児院育ちだから。親もいないしお金もない」

 レベッカの質問に、リナリーは偽りなく答える。

「あ、なんかごめん」

「気にしないで。気にされるほうが気になるわ」

 そう言って、リナリーは紅茶を一口飲んだ。

「じゃあ、リナリーは学習院が用意した魔法具で契約するです?」

「そうなるわね」

 さっさと話題を変えようと質問してきたナンシーに、リナリーはにこやかに頷いた。それを聞いたアベリィががっくりと肩を落とす。

「……それでよく寮長さんにエンブレム欲しいとか言えましたね」

「あら? それじゃあ寮長は学習院が用意した魔法具で契約したわけではない?」

「そうですね。アンと一緒でご自身の実家が用意した物で契約していますから、高難度の魔法も発現できますよ」

「なるほど。いいわね。その方が燃えるわ」

 エントランスで対峙したクロエの佇まいを思い出し、リナリーが好戦的な笑みを浮かべた。

「おぉっと。リナリー、可愛い顔して結構物騒なことを言うんだね」

「そう? 可愛いで言うならベッキーだって十分可愛らしいじゃない」

「よしてくれ。私に可愛いなんて似合わないよ。口調もこんな感じだしね」

 リナリーからの称賛に、レベッカは照れたように手をぱたぱたと振った。「ベッキーは十分可愛いです」「そうですよ。もっと自分に自信を持ちましょう」「やめてほんとにそれ以上やめて」と3人でキャイキャイやりだしたのを眺めながら、ふと思った疑問をリナリーが口にする。

「3人とも仲が良いようだけど、同じクラスなのかしら」

「え?」

 リナリーからしてみれば素朴な疑問だったのだが、なぜか3人ともびっくりして固まってしまっていた。

「私、何かおかしい事を言ったかしら」

「いや……、おかしいって言うか、何も聞いてないの?」

 レベッカからの逆質問に頷く。その反応を見た3人がお互いの顔を見合わせた。そして、代表してアベリィが驚愕の事実を口にする。

「契約詠唱科の8年生は、今ここにいるメンバーで全員ですよ?」

「え?」

 今度はリナリーがフリーズする番だった。

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リナリーss第4話

☆三行でまとまる、これまでのお話☆

リナリー「魔法使いとして高みを目指します」
アメリア「なぜ今頃になって来たし」
アベリィ「……優しい人だといいなぁ」ドキドキ←扉の外で







 エルトクリア魔法学習院は、学習院と言いつつも外観は西洋風の城に近い。

 両サイドにとんがり頭の塔があり、それぞれが『呪文詠唱科』と『契約詠唱科』の領分となる。共同で使う施設は、中央の一際大きな建物・共同塔に集約している。魔法を使う実習ドームなどがそれだ。それぞれの塔にも小規模なものはあるが、ドーム状の大規模なものは共同塔にしかない。そして、学習院の教員室があるのも共同塔。但し、教員個人の研究室は両サイドの塔にそれぞれ分散している。

 などなど。

 アベリィの説明に耳を傾け、相槌を打つリナリー。2人はのんびりと学習院の裏手にある寮塔を目指しているところだった。

「エヴァンスさんは、どうして契約詠唱科を志望されたんですか?」

「リナリーでいいわよ、ベル。どうして、とは?」

「あ、それじゃあ私のこともアベリィで。えっと、リナリーさんのことは随分と噂になっていまして」

「……噂?」

 その単語に、リナリーが端正な眉を吊り上げる。

「座学は全教科満点で、うち一科目は限界突破。実技も計測不能を繰り返し、対人戦では教師を完封負けに追い込んだって」

「……この学習院にプライバシーとやらはないのかしら」

 少し不機嫌そうに口を尖らせるリナリーにアベリィが苦笑した。

「噂になるのは仕方が無いと思います。この時期に入学試験を受ける人なんて、これまでいなかったみたいですから」

 アベリィが言う通り、エルトクリア魔法学習院が新入生を迎え入れてから少なくない月日が経過している。

「それに、リナリーさんが試験を受けた日も、普通に私たち授業はありましたし」

「敬語もいらないわよ? あぁ、休みの日にやったんじゃなかったのね」

 軽くため息を吐きつつ、リナリーは肩を竦めて見せた。

「えっと、敬語は癖ですので。あ、あと加えて『トランプ』の方からの推薦だとか」

「そこまで広まっているわけね」

 意外と面倒くさいことになるかもしれない、とリナリーはこの段階でようやく思い始めた。自らをハートと名乗った金髪美女を思い出す。リナリーが初めて加減せずに魔法球の打ち合いができるかも、と思えた相手である。

 そんな感想を抱ける時点で何かがズレていることに、この少女はまだ気付いていない。

「なんでそんな淡白なリアクションなんです!? あの『トランプ』ですよ!? この魔法世界エルトクリアにおける絶対的な存在!! 憧れの大英雄!! その一角なんですよ!? むしろどこで知り合ったんですか!?」

 白けた調子のリナリーにアベリィが喰い付いた。「絶対的な存在は王じゃないかなぁ」という当たり前のつっこみを省略し、リナリーは引き気味に答える。

「まあ、成り行きで」

「成り行き!! 通学途中で大当たりの宝くじを拾っちゃったくらいの確率じゃないですか!!」

「……ここ寮だから行き帰りで宝くじを拾うことなんてないんじゃないかしら」

「つまり本来なら0%ってことですよ!!」

 ほぼゼロ距離で喚くアベリィからリナリーが物理的に一歩引いた。

「あぁ、そう」

 それだけ答えるのが精一杯である。そこでどれだけ自分が熱くなっていたのかに気付いたアベリィが、頬を赤く染めながらそっと離れた。

「と、というわけで。それで噂もあっという間に拡散してました。で、その熱は消火することもなく再燃しています。呪文詠唱で入学試験をぶっち切った英傑が、なぜか契約詠唱科を選択したって」

「絶対に私の事をストーカーして故意に噂を拡散させている奴がいるわよね。この学習院で一番最初にやることが決まったわ。まずはそいつを潰す」

「何を急に恐ろしい事言い出してるんですか、リナリーさん。駄目ですよ、冗談でもそんな物騒な事を言っては」

 リナリーとしては本心を口にしたのだが、アベリィは現時点ではまだリナリーについて「入学試験をぶっち切って特例で飛び級をした」という事実しか聞かされていないために、冗談として受け取った。

「それに、そういった情報を小出しで流しているのは先生たちですよ。多分、私たち在学生のやる気を出させるためだと思いますけど」

「ふぅん」

 その話を聞いて噂の拡散源へ完全に興味を失くしたのか、リナリーの口からは気の無い相槌だけが漏れた。







 城のような学習院の裏手にある1本の塔。寮塔は選択科目による区別はされていないようだった。アベリィに促され、リナリーが真新しい学生証をかざす。軽快な電子音が鳴り響き、ロックが外れた音がした。この原理は魔法では無くICカードのようなものだ。

 扉のすぐ奥は、リナリーの予想以上に広いエントランスになっていた。頭上にはシャンデリア、床には深紅の絨毯と、学生の寮塔とは思えない煌びやかな造りになっている。左右には柔らかそうなソファや重厚な木造りのテーブル、テレビなどが設置されており、談話スペースのようになっている。現に、数人の院生が思い思いにくつろいでいた。いくつかの視線は値踏みするかのようにリナリーへと向けられていたが、リナリーは特に反応を示さなかった。

 エントランスの奥には、階段ともう1つの扉。

「ここは男女兼用の共同スペースです。奥に見える階段を上ると男子寮になりますから、女子は立ち入り禁止です。ここからは見えませんが、つきあたりを左に曲がると男女兼用の食堂があります。右に曲がると男子の大浴場がありますが、そちらも当然女子は立ち入り禁止です。女子寮は、階段の隣にある扉の向こうになります」

「なるほど」

 アベリィの言葉に、リナリーが頷いた。そのタイミングで、遠巻きにその様子を窺っていた1グループがこちらに近付いてきた。アベリィが「あ、寮長さん」と口にし、1人の女性がそれに微笑みで応える。その視線は、すぐにリナリーへと向けられた。

「リナリー・エヴァンスさんね?」

「……そうですが」

「そう身構えなくても大丈夫よ。私は12年生のクロエ・フローレス。アベリィが言った通り、今は女子寮の寮長を務めているわ」

 12年生ということは、エルトクリア魔法学習院の最高学年だ。魔法世界内では珍しい真っ黒な髪をストレートで下した女性へ、リナリーは丁寧にお辞儀をして返した。

「本日よりお世話になります。リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」

「え……、ええ、よろしく」

 礼儀正しいその反応に若干タイムラグを生じさせたクロエだったが、すぐにそう口にする。彼女は寮長という立場から、リナリーに関する情報を前以って院長アメリアから聞かされていた。問題児かもしれない、という情報である。

 情報とは違って良い子だ、と判断していたクロエに、リナリーが口を開く。

「寮長は『|番号持ち《ナンバーズ》』ですか?」

 その質問に、クロエの後ろにいた2人の少女はもちろん、リナリーの隣にいたアベリィも目を丸くした。

「あら、知っていたの? そうよ。私はこの学習院における『|2番手《セカンド》』を任されているわ」

 大きく主張された胸元のポケットから垂れ下がっている金色のチェーンを、クロエが抜き取る。振り子のように揺れるその先端には、メダルのような物が付いていた。

「エンブレム。学習院が選定した上位5名に与えられる称号よ」

 金のメダルには細かな装飾が施されており、その中央には『Second』の文字が刻まれていた。

 そのメダルを見たリナリーの目に妖しい色が灯る。

「なるほど、なるほど」

「リ、リナリーさん? 何がなるほどなんですか?」

 その様子に違和感を感じたのか、隣に立つアベリィがおそるおそる自らのルームメイトの名を呼んだ。

「寮長、続けて質問してもよろしいでしょうか」

「あら、何かしら」

 一部の隙も無い笑みを浮かべてクロエが先を促す。

「私がその『|2番手《セカンド》』のエンブレムを欲した場合、どのような手続きを踏めば良いのでしょう?」

「ちょっ!?」

「い、いきなり貴方は何を!?」

「ご自身がどのような発言をしているのかお分かりですの!?」

 過剰に反応したのはクロエではなく、アベリィとクロエの後ろにいた少女2人である。特に2人の少女は過剰と言うよりももはや過激と言っても過言ではないほどの反応を示した。

「こらこら。淑女たるもの、そう声を荒げてはいけないわね。エヴァンスさんは質問しただけよ?」

 当のクロエはこの調子である。談話スペースから遠巻きに成り行きを見守っていたいくつかのグループも、それで落ち着きを取り戻したようだった。周囲の空気が元に戻ったことを確認し、クロエが改めて口を開く。

「エンブレムを手に入れるための手順だったわね。大きく分けて2つあるわ。1つめは、学習院で年に2回行われる定期試験で結果を出す。但し、定期試験は学年によって当然内容が異なり、高学年であればあるほど難易度も上がる。よって、必然的に最高学年である12年生の面々が取得しやすくなるわ」

 それが正規の手段と言うことだ。

「2つめは、エンブレム所持者に決闘を申し込み、勝利する。学年が下の子でも、実力さえあればエンブレムを獲得できるようにするための制度ね」

 その説明に、リナリーは端正な顔に妖艶な笑みを浮かべた。激昂していたはずの2人の少女ですら見惚れてしまう笑みを向けられても、クロエは動じない。逸るリナリーをやんわりと手で制する。

「但し、決闘を成立させるためには条件があるわ。決闘を申し込まれたエンブレム所持者が、それを受諾した場合」

 その条件を聞いたリナリーの表情から笑みが消えた。

「それでは保身に走る『|番号持ち《ナンバーズ》』からはエンブレムを奪えない、と」

「さっきから聞いていれば貴方と言う人はっ――」

 リナリーの言葉に再び激昂した取り巻きの少女を、クロエが手で制した。

「エヴァンスさんの言う通り、この条件だけでは基本的に『|番号持ち《ナンバーズ》』との決闘は成立しないでしょうね。私も貴方の申し込みを受諾するつもりはない。受諾する意味が無いからね」

 既に学習院の2番手に登り詰めているクロエからすれば、リナリーの決闘を受けるメリットは少ない。己の力を誇示できる、分を弁えない新参者を叩きのめせる、といったメリットも無くはないがクロエを動かすには足りなかった。

「だから、もう1つ別の条件があるわ。それは、対象となるエンブレム所持者に決闘を申し込むことを、学習院の教員の過半数に受諾させること。教員から過半数の賛成を得られると、その対象となるエンブレム所持者は決闘を拒否できなくなるの」

「なるほど」

 先ほどリナリーが言ったような理由で決闘が不発にならないための措置、ということだ。

「もっとも、教員の過半数から賛同を得るというのもかなり厳しい条件よ。特に学年が下の子はね。実績を積んだ上で『この学生なら勝てるかもしれない』と思わせないといけないのだから。私が言いたいこと、分かるかしら?」

「無名の状態で挑めるほど、安くはないということですね」

「そこまで挑発的な言動をするつもりはないけれど、そういうことよ」

 柔らかな笑みを浮かべたまま、リナリーの言葉を肯定するクロエ。

 しばしの間、両者は無言で見つめ合う。突如として訪れた沈黙に、アベリィとクロエの後ろにいる2人の少女、そして談話スペースにいたいくつかのグループすらも固唾を飲んで状況を見守っている。

 その沈黙を破ったのはリナリーだった。

「勉強になりました。お手間を取らせてしまい申し訳ありません。今後ともよろしくお願い致します」

 腰を折り、優雅に一礼する。

「構わないわ。寮長としての仕事だもの。これからも気軽に声をかけてね、リナリー」

 にこやかに、ちゃっかり自分のことを名前で呼んだクロエにもう一度頭を下げ、リナリーはその場を辞することにした。

「お待たせ。それじゃあ、寮室に案内してもらえるかしら」

「え? あ、はい。分かりました」

 いきなり話を振られたアベリィは、かくかくした動作でリナリーに頷いたのだった。

拍手[79回]

リナリーss第3話

☆三行でまとまる、これまで(謎の記事)のお話☆

リナリー「サクッと1年で卒業しよ」
ハート「やっべどうしよ送り先間違えた」
団員「( ゚Д゚)」







 龍脈という言葉がある。

 大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。

 アメリカにおいて、特にその魔力が濃い地域。おそらくこの地球上でもっとも魔力の生成量が多いとされている地域に、魔法世界エルトクリアはある。魔力濃度が高過ぎて、一部では魔法が使えない人間ですらも違和感を感じる地域があるほどだ。

 そういった魔法に精通していない人間が持て余してしまうような地域だったからこそ、アメリカはその広大なる領地の一角を魔法使いの集団に貸し出したのだ。

 魔法世界エルトクリアに唯一存在する学校を、王立エルトクリア魔法学習院という。12年制で、ここを卒業することが世間一般で言う『大学卒』と同じ経歴となる。

 魔法世界内に義務教育は無いが、基本的には皆この学習院に通うことになる。世界で魔法に最も魔法に精通している場所といえば、ここ魔法世界エルトクリア。そしてその唯一の教育機関となれば、必然的に世界からの注目も集まる。学習院内で名を上げれば将来の進路でも優位に立てるだろう。

 それに、そもそも魔法は簡単に習得できるものではない。制御に失敗した基礎魔法は、完璧に制御された大魔法よりも恐ろしい。1つの失敗が平気で人の命を奪う。余程の例外でなければ、独学でどうにかしようとは思わないものなのだ。

 そして。
 その余程の例外とも言うべき存在が、エルトクリア学習院の院長室に訪れていた。







 王立エルトクリア魔法学習院のトップであるアメリア・クランベリーは、にこにこ顔で自らの院長室へ訪問してきたリナリー・エヴァンスを完全に持て余していた。

「……それで、当学習院への入学の希望理由をもう一度お聞かせ願えますか?」

「魔法使いとして高みを目指すためです」

 あらかじめ用意されていたであろう答えをサラッと答えるリナリー。胡散臭そうな表情を隠そうともしないアメリア。「じゃあなんでこれまで入学を拒否してたんだよ」とは聞かなかった。大まかな説明は既に『トランプ』に所属するハートに聞かされていたからである。

 ついでに、非常に扱いにくい存在であるとも。

 手加減していたとはいえ、ハートの十八番魔法である火属性を付加した魔法球の打ち合いで17歳の少女が拮抗した、という話を最初に聞いたとき、アメリアは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。しかし、それを語るハートの表情はいつまで経っても真剣なままで、おまけに後ろに控える魔法聖騎士団の面々も一切口出ししてこなかったことから、アメリアは自らの先入観を捨てることに決めた。

 そして出てくる、正気を疑うような情報の数々。

 無詠唱で魔法球を100発近く発現できる。それは難易度がワンランク上がる属性付加の魔法球も同様である。無詠唱の障壁魔法で、ハートの火属性を付加した魔法球を弾き飛ばした。ハートの属性が付加されていない魔法球なら魔法を発現せずとも霧散させられる。それに加えて、ハートが割り込んだせいで発現されなかったものの、リナリーは院生は愚か世間一般の魔法使いの大半が発現できないとされる高難度魔法すら発現しようとしていた……。

 そこまで思考を巡らせたところで、アメリアは強引にそこから先を考えるのをやめた。

 先入観を捨てる、と言っても簡単に信じられるような内容ではない。「1年生からではなく、特例で上の学年から入学させてほしい」と口添えしてきたハートが、ある程度情報を盛って話している可能性だってある。

 だからアメリアは、化けの皮でも剥いでやるかという心づもりでリナリーに入学試験を受けさせた。特例待遇を望むほどの逸材なのだから、従来のものよりも若干難易度を上げて。

 結果は。

「特例で、貴方は8年生からのスタートです」

 全教科満点。うち一科目は100点満点中謎の105点をマークし、担当教員を問い詰めたところ「私にはない独自の着眼点に大変感動した」との答えが返ってくる始末。実技に至っては、計測器はぶっ壊すし対人戦では相手役を務めた教師を完封負けに追い込むしで無茶苦茶だった。その教師は酷く落ち込み3日間病欠した。

 入学前からこんな有り様である。10歳で順当に入学してくれていれば、ここまで頭を悩ませることもなかっただろう。学習院開校以来の天才だと院長としても鼻高々だったかもしれない。しかし、実際の入学は17歳から。既に英雄の領域に足をかけている怪物をどう扱えというのか。

 本来なら、どれだけ優秀な逸材であろうとも1年生からスタートさせる。そして、そこでの実績を踏まえた上で飛び級という制度を使用するのだ。

 つまり、これはこの学習院始まって以来の特例。

 しかし。

「8年生か。思ったより伸びなかったわね」

 特例で、と頭につけているにも拘わらずリナリーのこの呟きである。アメリアは頭痛に頭を悩ませつつも重い口を開く。

「順当に1年ずつ学年を上げていけば、17歳で8年生です。同い年が大半を占めているこの学年に入れることが最良と判断しました」

「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」

 思いの外あっさりと引き下がるリナリーにアメリアは怪訝な表情を浮かべたが、文句を言われるよりは断然マシかと思い直した。

「それで……、貴方が志望するのは本当に契約詠唱科でいいのですか?」

「はい」

 即答するリナリーに、アメリアは重いため息を吐く。これもアメリアを悩ませる理由の1つだった。

 魔法を発現する詠唱方式は2種類ある。『呪文詠唱方式』と『契約詠唱方式』だ。


 呪文詠唱方式とは、読んで字のごとく呪文を詠唱することによって魔法を発現する方式をいう。

 自らの体内に眠る魔力を、呪文の『音』によって導き魔法を練る。呪文詠唱は、2つのキーによって構成される。「始動キー」と「放出キー」だ。

 「始動キー」とは、魔力を始動させるために用いるキーを指す。どんな『音』を用いても構わない。これはあくまで自らの体内に眠る魔力を循環・活性化させる為のものであり、魔法発現には直接的には関係しない。つまり、自分の好きな音の羅列で構築できるわけだ。

 そして、もう1つの「放出キー」は、始動キーによって循環・活性化した魔力を、魔法という形に変化・放出させるキーのことを指す。これは始動キーと違い、どんな『音』でもいいというわけにはいかない。

 この『音』こそが呪文詠唱における魔法の源泉。つまり魔法を形作る核という扱いになる。放出キーは『呪文大全集』という公認の文書に集約されている。

 普及しているのはこちらである。


 対して契約詠唱方式とは、専用の魔法具と契約し専用の「契約キー」を詠唱することで魔法を発現する方式をいう。

 専用の魔法具とは、属性ごとに存在する「聖杯」と魔法球や障壁などの魔法の種類ごとに存在する「巻物」を指す。そしてこれが契約詠唱方式が浸透しない原因なのだ。

 契約詠唱方式で魔法使いとして生計を立てていくなら、それなりの数の魔法具を用意する必要がある。しかし、この魔法具は一般に流通している物ではないので、非常に高額となる。

 希少価値が高いが故に熱心に収集するコレクターもおり、エルトクリア内で開催されるオークションでも出回ることは滅多にない。出品されても一般人では手の出せない金額になっている。


 そういった理由から、契約詠唱方式は普及していなかった。余程の物好きな金持ちか、貴族のような立場にいる人間。

 もしくは。

「契約詠唱科では、勉強のために魔法具を貸し出していると伺っていますが」

「正確には貸し出すわけではなく、当学習院に保管されている聖杯と巻物を使用して契約してもらう形になります。一度契約してしまえば、持ち歩く必要はないですからね。契約した魔法具が破壊されない限り、その効力は続きますし」

「なるほど」

 リナリーのように、滅多に触れられない契約詠唱を学生のうちに学びたいと考える院生か。

 しかし。

「ですが、当学習院で保管してある巻物は数少ないですよ? 基本五大属性と呼ばれる基礎魔法球と障壁魔法、それから捕縛魔法と回復魔法をいくつか。つまり、高難度の巻物は用意していませんが」

「それだけ契約できるなら十分です」

「ガルルガ・ハートの話では、貴方は『番号持ち』入りすることを目標にしているとか」

「最終目標ではありませんが、狙ってはいます」

「魔法具を自前で用意できない以上、貴方は高難度の魔法を学ぶことができません。これまでは呪文詠唱方式だったのでしょう? 自らの始動キーがあるのでは?」

「始動キーはありません」

「は?」

「始動キーなど使用しなくても、ある程度の魔法は発現できました。折角この学習院に来たのですから、新たなアプローチで魔法に触れたいと考えています。それに、契約詠唱科に行ったところで、自分の呪文詠唱が禁止されるわけではありませんよね?」

「え、ええ。契約詠唱による魔法前提の授業でなければ」

「なら、何の問題もありません」

 何がだよ、とは怖くて言えなかった。だが、そんなアメリアの心情を他所に、淡々とリナリーは言う。

「私が『番号持ち』入りすることへの弊害にはなりません」

「……それでは、契約詠唱科で登録しましょう」

 もはやつっこむ気力すら起きず、アメリアはうんざりしながら書類にサインした。

「当学習院は7年生までは共学、8年生から呪文詠唱科と契約詠唱科に分かれて学びます」

「だからこそ8年生からということですね」

「……それも理由の1つです。貴方は明日からクラスに合流してもらうことになります。授業内容が途中からということになりますが」

「構いません。今日中に教科書等の教材を頂きたいのですが」

「もちろん手配しています。貴方が本日から生活する寮室にあるはずです。ただ、魔法具への契約については明日の放課後となります」

「分かりました」

 リナリーが了承したことを確認し、アメリアが頷いた。

「私からの話は以上となりますが、何か質問はありますか?」

「学習院を1年で卒業したいと考えているのですが、最低限しておくべきことがあれば教えてください」

 僅かな時間ではあるが、アメリアは完全にフリーズした。

「……当学習院は12年制です。1年で卒業できるコースは用意していません」

「なるほど。では、誰もが認めざるを得ない実績が必要ということですね。理解しました」

 目の前の少女が何を理解したのかがアメリアには分からない。何か会話がうまく噛み合っていない気がしたが、アメリアはもはや気にしないことにした。軽く咳払いすることで流れを戻す。

「では、寮塔へ案内させましょう」

 アメリアが手元にあった銀のベルを鳴らした。やや間を置いて、院長室の扉をノックする音が聞こえる。

「入りなさい」

 部屋の主の声に従い、ノックした人物が姿を現した。

「し、失礼します……」

 その子に対するリナリーの第一印象は、「おどおどした子だな」というところだった。こじんまりとした背丈に、癖のある赤毛。そばかすがチャームポイントの少女。

「アベリィ・ベルと言います。同じく契約詠唱科8年生。貴方のルームメイトになる子です。彼女に案内役を頼んでいます」

「よ、よろしくお願いします」

 アメリアに紹介されてぺこりと頭を下げるアベリィに応えるため、リナリーもソファから立ち上がった。

「リナリー・エヴァンスです。よろしくお願いします」

 お互い頭を下げ合う生徒を見て、アメリアが頷く。

「では、私からの話は以上です。下がって良いですよ。次は進級式で会いましょう。エヴァンス、実りある1年を」

 言外に、寝ぼけた事は抜かさないで堅実に1年を過ごせとアメリアは言った。対するリナリーはそれを十分に理解しつつもにっこりと笑みを返す。

「ありがとうございます。頑張りたいと思います」

 果たして何を目指して頑張るのか。明確な言葉は口にせず、リナリーは優雅に一礼した後、院長室を退室した。

「……確かにやりにくいわね」

 案内役のはずのアベリィがリナリーに遅れる形で退室していったのを確認し、アメリアは重いため息を吐きながらそう呟いた。いっそのこと、飛び抜けて問題児だった方がアメリアも接しやすかった。あの最高戦力と名高いガルルガ・ハートへ敬語を使わないような少女という情報だったので、ここでがつんと言ってやるかと考えていたアメリアだったが、態度については申し分ない。

 というか、文武両道容姿端麗を地で行く英才だった。

 若干、上昇志向が強すぎるというよりも学習院の制度を舐め腐っている感は否めなかったが、上を目指す姿勢を持っているという点では悪くない。むしろ、アメリアにとっては好感度アップである。常に上を目指す心意気が無ければ、成長など無いのだから。

 だが。

「あり得るはずがない……のだけれど。本当に1年で卒業とかできるのかしら」

 アメリアがトップなのだから、最終的な判断はアメリア自身が執り行う。つまり、どれだけの実績を積み上げて来ようと、アメリアが首を縦に振らなければ学習院を1年で卒業なんてできるはずがない。……はずがないのに、なぜかそれを決定する立場にあるはずのアメリアですら不安になってしまうのだった。

拍手[87回]

リナリーss第2話

☆三行でまとまる、これまで(謎の記事)のお話☆

 ハート様「勝負だ!」
 リナリー「ばっちこい」
 団員たち「ハラハラ」







 魔法世界エルトクリア。

 広大なアメリカの領地の一角にあるそれは、エルトクリア王が統治する魔法使いの国だ。正確に言えば、アメリカの領地であることに間違いはないのだが、通貨が違えば適用される法律も違う、挙句魔法世界エルトクリアとアメリカの行き来に専用の身分証明書も必要となれば、ほぼ独立した国と見てもいいかもしれない。ただ、使用されている言語は英語である。

 周囲は厳重な防護結界で覆われており、魔法世界エルトクリアへの入国には正面玄関となるアオバと呼ばれる街を経由する必要がある。中には、計10を数える特色ある街並みが広がっており、自国全てを賄えるだけのライフラインが成立している。

 その10ある街のうちの1つ。ひっそりと佇むとある孤児院の裏手にある空き地にて、20mほどの距離を空けて2人が対峙していた。

 かたや、この国に8人しかいない最高戦力の一角、ハート。
 かたや、この国のとある孤児院に身を寄せる今年17歳になった少女。

 この文面だけ見るなら、どう考えても勝つのは前者だ。もはや弱い者いじめの域である。いや、虐待や処刑といったおどろおどろしい単語の方がしっくりくるかもしれない。

 しかし。
 そこに17歳の少女が『あのリナリー・エヴァンス』という事実が加わると、少々事情が変わってくる。

「ならば、最初は軽く行こうか」

 相対する少女に向けてそう言ったハートは、自らの真上に1発の魔法球を発現した。詠唱工程を省略した高等技術、『無詠唱』という技法である。通常通り詠唱した上で発現した魔法よりも威力は劣るが、発現速度は比べるまでも無く最速。

 ただ、この場でハートが『無詠唱』という技法で魔法を発現した真意とは、発現速度やら自らの技量の誇示やらではなく、威力を極力抑えようとする意味合いが強かった。いくら『孤児院に住む天才魔法少女』と謳われる少女が相手であったとしても、自分とは立場が違い過ぎるが故だ。

 ただでさえ大人と子ども。そしてハートは最高戦力と呼ばれる存在。自分の魔法球1発で、少女が死んでしまう可能性すら考慮しておかなければならない。そうハートは肝に銘じた上で、魔法球をリナリーへと射出した。

 そして。
 ハートが打ち出した魔法球は、リナリーのもとへ届く前に消失した。

「……お?」

 その光景に、思わずハートの口から間の抜けた声が漏れる。同じ魔法球で迎撃するわけでもなく、障壁魔法を展開することで防ぐわけでもなく、消失。

 つまり、ハートが放った魔法球よりも、リナリーが纏う魔力の方が多かったために打ち消されてしまったということだ。

「なるほど。今の威力程度ではお話にならないということか」

 ハートは笑いを噛み殺しながらそう呟く。確かに威力は抑えた。それも極限まで。それでも、自分よりも一回り以上若い少女に、ここまで簡単に打ち消されるとは思っていなかったのだ。

「小手調べにしても、これは無いんじゃないかしら」

「そうだな。すまなかった」

 一回り以上若い少女に向けて、ハートは素直に謝罪した。
 そして。

「ならば、もう少し威力を上げていこうかな」

 ハートが両手を広げてそう告げる。
 再び無詠唱による発現。ただ、先ほどのように威力を極限まで抑えたりはしない。

 さらに。

「火属性だって!?」

 2人を囲うようにして見守っていた魔法聖騎士団の団員が叫ぶ。団員が指摘した通り、ハートが発現した魔法球は、先ほどと違い炎の塊となって発現されていた。魔力には様々な属性を付加させることができるが、火属性はその中でも『攻撃特化』とされるほど、別格な強さを誇っている。

 その火属性の魔法球が、5つ。

「さあ、どう凌いでくれる? 見せてくれ」

 その言葉を合図に、ハートから火属性の魔法球5発が射出された。先ほどよりスピードも速い。オレンジ色の残像を残しながらリナリーの下へと殺到する魔法球。その光景を見ても、リナリーの表情に怯えは無かった。

 一瞥し、軽く右手を向ける。動作はたったそれだけ。
 リナリーの魔法が発現される。

「なんだって!?」

 団員の誰かが驚きの声を上げた。

 攻撃特化の火属性を纏った魔法球5発。それらが全て、リナリーが無詠唱で展開した魔法障壁によって阻まれて弾け飛んだのだ。

「まさか、攻撃特化の火属性を無詠唱の障壁で防ぐだと!?」

 それも、この国の最高戦力と謳われる魔法使いの魔法球を、である。防がれた当の本人に動揺は無い。無論、自らがまだまだ本気とは程遠いレベルの魔法しか使っていないからだ。それでも、ここまで簡単に防がれることに多少の驚きはあった。

「素晴らしいな。リナリー・エヴァンス。17歳、独学にしてその技量。感嘆に値する」

「ありがと。けど、少し気が早いんじゃないかしら。まだ私の実力の底を見せた覚えは無いわよ」

 ハートの賞賛に素っ気なく答えたリナリーが、ついに攻撃に移った。
 ハートと同じく無詠唱。属性は付加されていない。

 しかし。
 彼女の背後に展開された魔法球の数は、50を超えていた。

「馬鹿なっ!? この数を……、無詠唱だと!?」

 またもや団員の誰かが叫ぶ。並列で10発の魔法球を発現するだけでも十分にエリートといわれるこの世界で、この数は常軌を逸していた。しかも、その基準は詠唱をした上での話だ。さらに難易度が上がる無詠唱でこの状況を作り出したリナリー・エヴァンスは、もはや別格と言える存在だった。

 団員たちは完全に理解した。



 この少女は、既に自分たちでは届かない英雄と呼ばれる領域にいるのだと。



「いくわよ」

「あぁ、来い」

 外野が勝手に盛り上がろうが、本人たちに興味は無い。ハートの答えを聞き、リナリーが魔法球の群れを一斉に射出した。それらは目にも留まらぬ速さでハートの下へと殺到する。

「ふっ」

 ハートが両手を打ち鳴らした。

 同時にハートの身体から勢いよく魔力が放出される。最初の1発目でリナリーが防いだのと原理は同じ。ハートは自らの周囲に魔力を放出することで、リナリーから放たれた魔法球の群れ全てを霧散させた。

 その光景を見たリナリーが笑う。

「貴方、負けず嫌いなのね」

「負けん気が無ければこの立場は務まらないということだ」

 軽口を叩き合いながら、お互いが無詠唱で新たな魔法球を発現する。両者共に、攻撃特化の火属性を付加させていた。もはやリナリーが無詠唱で火属性の魔法球を発現していても、ハートは驚かない。ニヤリと口角を歪めて言う。

「負けず嫌いならお前も負けていないのではないか?」

「別に。流石に攻撃特化を無属性の魔法球で捌き切れないと思っただけよ」

 同時に射出。

 両者の中間付近で衝突し合い、派手に火花を散らす。それを合図として、問答無用の打ち合いが始まった。これまでの片方が攻撃している間は片方が防御、といったターン制のような展開ではない。お互いがお互いの隙を突くようにして魔法球を発現し、相手へ放つ。そして、魔法球で撃ち落とし切れなかった流れ弾を障壁魔法で防ぐ。

 もはや完全にギャラリーと化していた団員たちは、その光景に唖然とする他無かった。最高戦力と謳われる魔法使い相手に、一歩も引かない少女。当然、ハートは手加減をしている。しかし、それを差し引いたとしてもこの光景は信じ難いものだった。

「こちらに合わせているのかしら。詠唱しても構わないのよ」

「ほざけ。誰に向かって口を効いているんだこの小娘」

 そして、当の本人たちは、打ち合いの最中にこうして軽口を叩き合う始末である。

 リナリーの火属性を付加した魔法球の数が、更に一段階上がった。もはや一度に発現している量は100発近くにのぼるだろう。しかし、それでもハートの牙城は崩れない。的確に向かってくる魔法球を相殺し、流れ弾は障壁で処理していく。それはリナリーも同じだった。

 両者共に一歩も引かない砲撃戦に突入している。

「はははっ! ここまでやるとは思っていなかったぞ!! 本当に素晴らしいな、リナリー・エヴァンス!!」

 ハートにあるのは感嘆だ。よもやここまでやるとは。これで独学というのならば、ちゃんとした教師の下で教育を受ければどれだけの怪物になるというのか。ハートの興味は尽きない。

「気に入ったぞ! 私はお前が欲しい! この勝負、勝たせてもらうとしよう!!」

 ハートの勝利宣言と同時に、リナリーも次の一手に出た。魔法球による砲撃戦を継続しつつ、リナリーが右手を天へと掲げる。

 そして、口にする。
 その魔法の名を。

「『業火の天――、」

 ハートは耳を疑った。
 まさか、と思った。
 しかし、身体は勝手に動く。

「馬鹿者がっっっっ!!」

 ルールなど思考の外。
 地面を蹴り、一瞬でリナリーへと肉薄する。

「っ!?」

 一歩でも動けば敗北。
 そのルールから接近戦を想定していなかったが故に、リナリーは完全に意表を突かれた。

 リナリーが気付いた時には、既にその腹へ掌底を叩きこまれていた。威力は最小限に抑えられていたものの、地面を2回3回とバウンドして転がっていく。反射で発現した防御魔法が威力を殺したものの、痛いものは痛い。身体中を走り抜ける激痛に、構成していた魔法が霧散する。リナリーの頭上へ収束していた膨大な魔力が、制御を失って弾け飛んだ。それによって生じた衝撃波を、ハートが咄嗟に展開した障壁魔法が防ぎ切る。

 沈黙が訪れた。

「けほ」

 その沈黙は、咳き込みながら上半身を起こしたリナリーによって破られる。

「……いきなり動くとか、卑怯」

「第一声がそれか、小娘。お前が今発現しようとしていた魔法が、ここで本当に猛威を振るっていればどうなっていたか。その魔法が使えるお前に分からないはずがあるまい」

 指摘された内容に思い当たる節があったのか、リナリーはハートから視線を逸らした。それを見たハートが重いため息を吐く。

「リナリー・エヴァンス。お前の技量は素晴らしいの一言に尽きる。千の賛辞を贈ってもまだ足りないだろう。だが、周囲を巻き込む魔法を平然と選択するその姿勢は頂けないな」

「……ごめんなさい」

 上半身を起こしたままの姿勢で、リナリーは素直に頭を下げた。過激な反論でも飛び出してくるか、と予想していたハートが目を丸くする。リナリーは気まずそうに、もう一度頭を下げた。

「初めてだったから……、あんなに打ち合えた人。だから、つい調子に乗ってしまった……。ごめんなさい」

 なるほど、とハートは思った。

 これだけの技量を持っている少女だ。この孤児院という場所に競い合える人間がいるわけがない。そんな人間が仮にいたとすれば、そいつはとうの昔に魔法学習院に籍を置いているだろう。学習院への入学を断り、頑なにここへ留まり続けた弊害ということだ。

「やはり、お前は学習院に行くべきだよ。リナリー・エヴァンス」

 その言葉に、リナリーは下げていた顔を上げた。尻もちをついたまま、真っすぐな目でハートを見る。

「王立エルトクリア魔法学習院。この魔法世界エルトクリアにおいて、唯一存在する教育機関だ。この国にいる以上、強い奴も弱い奴も、お前の年代はみんなここへ集まってくる。中には、お前と競い合える奴だっているだろう」

 ハートの言葉に「いや、いないんじゃね?」と小声で呟いた団員が、隣に立つ同僚に蹴り飛ばされた。咳払いをしたハートが仕切り直しを図る。

「そして、そこには大魔法を使ってもびくともしないような施設も充実している。こんな空き地のような場所では、お前ほどの魔法使いならば満足に魔法も発現できまい?」

 図星だったのか、リナリーは視線を逸らした。

「お前の望む全てが学習院にはあるだろう。なぜ、そこまで学習院へ行くことを嫌う?」

 ハートの問いに、リナリーは即答しなかった。あちらこちらへと視線を巡らせた挙句、口を尖らせながら答える。

「学校生活が嫌だから」

「は?」

「決められた時間割に則って動くのが嫌。やらされる勉強は嫌い。自分が好きな事だけを好きなだけやって暮らしていきたい」

「……清々しいまでの自由奔放さだな」

 呆れ声でハートは言った。「これまでの拒絶の理由がこれだと知れたら、勧誘に来ていたお偉いさん方はどう思うのだろうか」という疑問を、ハートは慌てて打ち消す。

「まあ、ある程度は仕方があるまい。だが、そう悲観することもないぞ。学習院は徹底した実力主義だ。1年生であろうが12年生であろうが、強い者が偉い。特に学習院が定めたランキングで5位以内に入りさえすれば、卒業までのカリキュラムですら思いのままだ」

「……ランキング?」

 ハートの吊るした餌に、リナリーが喰い付いた。

「そう。全院生のうち上位5名は、『|番号持ち《ナンバーズ》』と称され、様々な特権が与えられる。飛び級はもちろん、個人の研究室や高級魔法具の貸与、警戒地区ガルダーの特別見学権、それから……」

「あ、そこらへんはどうでもいいわ。カリキュラムを変更できるってことは、好きに魔法の練習とかしてて良いってこと? それに飛び級もあるってことは12年もいなくていいってことよね?」

「……どうでもいい、か。まあ、そうだな。しかし、だ。他国には『継続は力なり』という言葉があるという。勤勉は何よりも勝るということだな。『|番号持ち《ナンバーズ》』入りしたのを良い事に胡坐をかいていては、飛び級は愚か直ぐにまた……」

「入る」

 ハートのありがたいお言葉をぶった切って、リナリーが端的に宣言した。

「は?」

 あまりの展開の速さに、ハートの目が点になる。

「私、学習院に入る。で、サクッと『|番号持ち《ナンバーズ》』入りして1年で卒業する」

「はあああああああああああ!?」

 己の立場を忘れ、ハートが大声を上げた。

「1年で卒業なんてできるわけがないだろう!! そもそも『|番号持ち《ナンバーズ》』にサクッとなれるわけが……」

 そこまで言いかけてハートが止まった。
 思ってしまったのだ。

 こいつならサクッとなれちゃうかも、と。

「そうと決まれば、早速手続きね。院長! これまでお世話になりました! あと、学習院に入ろうと思うので、私の保護者になってください!」

 ハートの心情を余所に、遠巻きに成り行きを見守っていた孤児院の院長の下へとリナリーが走っていく。その様子を呆けた調子で眺めていたハートの下へ、団員たちが集まってきた。

「あの……」

「皆まで言うな」

 口を開きかけた団員を、先手を打って黙らせるハート。そして自らが呻くようにして呟く。

「……話の持っていく方向を間違えた。学習院では無く、騎士団に勧誘するべきだった」

 騎士団に入団させていれば、何とでもなっただろう。最初の数年はどれだけ力があろうと見習いとして通せる。そして、徐々に徐々に位を上げてやれば良かった。

 しかし、学習院は違う。先ほどハートが言った通り、例え学年が下であっても実力がある人間の方が偉いというのが学習院の暗黙の了解である。もちろん、世間一般の常識として年上の人間には敬意を払うべきなのは当然だが、ハートというこの国の最高戦力に数えられる魔法使いを相手に、あの態度をとるリナリーだ。そういう輩は一度ガツンとやられてしまった方が良い薬になるだろうが、そこはやはりあのリナリーである。むしろ苦言を呈してくる輩ごと粉砕して、瞬く間にトップに躍り出てしまうかもしれない。

 そうなると、1年で卒業するという馬鹿げた話が真実となる可能性すらあるのだ。これまで均衡を保ってきた学習院内の序列を、再起不能なまでに滅茶苦茶にした上で。

「12年制のエルトクリア魔法学習院を1年で卒業とか前例無いですけど」

「知っている」

「陛下にどう報告するんですか?」

「ありのままを……」

 最高戦力と謳われる魔法使いの目が死んでいた。

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